2017年05月25日

恋人は赤い薔薇


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夫は赤い薔薇が大好きだった。さっそくお供えした。



薔薇や草花をこちらのマンションでも植えよう

と思ったのは、スーパーで買うお供えの花が

とても高いからだった。安い花屋さんが近所に

見当たらず、車で遠くのブラワーセンターへ

行かないと買えない。


こちらへ越して驚いたのは案外車社会

であることだった。女性の99.9%が

免許取得者だという。今更免許はとれないし

スーパーで何か買い物してもけっこう重く

なるし、歩いて帰るのもきつくなったので

大人用三輪車でも買おうかと思っている(笑)


昔はバスも走っていたようだが、今はほとんど

見かけない。大きい子供のいる家では一家に

3台くらい車がある家も珍しくない。


けれども圧倒的に人口が少ないので、大気汚染は

東京に比べれば話にならないくらい感じない。

たまに東京へ出ると空気が臭いのがわかる。


だから昨日の記事でも書いたように

気軽にお供えの花として飾れる花、それも

大好きな薔薇が咲いてとても嬉しかった。


そういえば昔あったな、こんな詩が:

my Luve's like a red, red rose
僕の恋人は赤い赤い薔薇

ロバート・バーンズ作

O my Luve's like a red, red rose
That’s newly sprung in June;
O my Luve's like the melodie
That’s sweetly play'd in tune.

ああ 僕の恋人は 赤い 赤いバラのよう
6月にみずみずしく咲いている
ああ 僕の恋人はメロディのようだ
甘い調べを奏でてる

As fair art thou, my bonnie lass,
So deep in luve am I:
And I will luve thee still, my dear,
Till a’ the seas gang dry:

なんと君は美しいことか 可愛い人よ
そして僕の愛もなんと深いことだろう
僕は君を愛し続けるだろう 愛しい人よ
海がすべて枯れ果てるまで

Till a’ the seas gang dry, my dear,
And the rocks melt wi’ the sun:
I will luve thee still, my dear,
While the sands o’ life shall run.

海がすべて枯れ果てるまで 愛しい人よ
岩が太陽に融けてしまうまで
僕は君を愛し続けるだろう 愛しい人よ
命の砂がこぼれ落ちている限り

And fare thee well, my only Luve
And fare thee well, a while!
And I will come again, my Luve,
Tho’ it were ten thousand mile.

さようなら 僕のたった一人の恋人よ
さようなら しばしの別れだ
僕はふたたび戻ってくる 愛しい人よ
たとえ一万マイルのかなたからでも

(おとめ訳)


ロバート・バーンズは「蛍の光」の

作者だと言えばわかりやすいだろうか。

この詩は非常にシンプルなだけに

よけい果てしない愛の深さを感じる。。。


私があちら側に行くときは

夫も一万マイル、いやそれ以上のかなたから

迎えに来てくれるだろうか。。。

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いつもアクセスありがとうございます。

みなさんに香りが届かないのが残念です。
posted by おとめ at 18:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌の世界

2017年05月18日

年をとったら

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西洋のおばあちゃんの足。私のではありません。念のため(笑)



年をとったら (W.B.イエイツ)


年とって髪は灰色になり暖炉のそばでうつらうつら

居眠りしてるなら、この本を手に取ってみるといい

そしてゆっくり読みながら思い出してみよう

若き日の自分の優しげな瞳、その影の深さを


どんなに沢山の男たちがその優雅な物腰を愛しただろう

その美しさを愛しただろう、真心にせよ偽りにせよ。

けれどもその移ろいゆく心、老けゆく顔に浮かぶ悲しさ

それを愛してくれたのはただ一人の男だけだった。


赤々と燃える薪のそばに身をかがめながらちょっぴり

悲し気に呟いてみるといい。愛は飛び去ってしまい

かなたの山々の向こう、星屑の彼方へ

もう消え去ってしまったと。

(おとめ訳)



When you are old and grey and full of sleep, 
And nodding by the fire, take down this book, 
And slowly read, and dream of the soft look 
Your eyes had once, and of their shadows deep; 

How many loved your moments of glad grace, 
And loved your beauty with love false or true, 
But one man loved the pilgrim soul in you, 
And loved the sorrows of your changing face; 

And bending down beside the glowing bars, 
Murmur, a little sadly, how Love fled 
And paced upon the mountains overhead 
And hid his face amid a crowd of stars. 


このおばあさんは最後は悲し気につぶやいています。

「愛は飛び去ってしまった」と。

だからおばあさんに言ってあげましょう。


「いいえ、違います。

愛はそこにあります。あるんです。

愛がある限りあなたは大丈夫なんです。


禅坊主やクリシュナムルティが何を言おうと

スピリチュアリズムがあろうと無かろうと

そんなことは本当はどうでもいいんです。

私もわかっていながら書いているんです。


どんな聖人であろうと、仏陀であろうと

本当に愛した事のない人にはわかりません。

キリストが何を言ったか知りませんが

そんなのは気にすることはありません。


あなたの愛が真実であるならば

エゴの濾過されたあとの透明な滓で

その愛の燃えさしをまだまだ赤々と

ふたたび燃え上がらせることはできます。


その愛は変わらずあなたを癒しなぐさめ

不安や苦しみを拭い去ってくれるでしょう。


そしてその愛でみんなを照らしましょう。

暖炉のように。。。最後まで。。。


そこにはいつだって「存在」がいます。。。。」

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W.B.イエイツはアイルランドの詩人です。
下手な翻訳ですみません。
この詩を読むと何故か泣けてきます。。。


posted by おとめ at 12:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌の世界

2017年05月01日

つばめの詩(うた)

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きのうつばめについて書いていて

自作のある詩のことを思い出した。

だいぶ以前に作ったものだ。

近所でつばめの巣を見つけたのだけど

しばらくして見に行った時もはや巣はなく、

何者かに叩き壊されていた。


私は悲しくて、つばめの事を考えているうちに

あるストーリーが心に浮かんだ。


それは美しい盲目の乙女に恋したつばめが失恋し

はるか北の国にやってくる、というお話。

物語の舞台となるのは南米の夫の生まれた国

ペルーにそっくりな雰囲気となっている。


これはつばめの鎮魂歌になってしまった。

今、それを亡き夫に捧げようと思う。

夫にこの詩の事を話したことはなかった。


南の明るい国から来て、苦労の多い人生を送り

そして寿命を全うして去って行った夫の姿が

心優しいつばめの姿と重なる。

そしてまた涙にくれながらも明るく生きる

その姿はこれからの私に勇気を与えてくれる。


別ブログに載せていたものだけれど

これを夫に捧げることになるとは

その時は夢にも思わなかった。。。。。

つばめはスペイン語で「ラ・ゴロンドリーナ」という。



「つばめ」

つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

粋な黒の夜会服

銀の雨をすりぬけて

おどけて風切る伊達男

首元に 赤いスカーフのぞかせて


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

それでも雨は冷たかろ

はるか南の故郷(ふるさと)の

ジャスミン繁るバルコンで

恋する乙女のため息を

聞いた夜にくらべれば


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

乙女の肌は肉桂(カネラ)の色

細いつま先 槍のよう

けれども盲いし(めしいし) その瞳 

緑の湖(うみ)に光りは宿らず

濃いその睫毛もふせたまま


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

幾たびおまえはおどけたことか

黒い尻尾をひるがえし

バタバタ羽音を響かせて

滑稽踊りをおどったか

さくらんぼの口もとの

こぼれる笑みに魅せられて


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

幾たびおまえは夢見たことか

野辺の乙女によりそって

ブーゲンビリアの葉先にとまり

しなだれて 乙女の髪に

口づけするを


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

けれどもオレンジの月の宵

マンドリンの音にふと目覚め

おまえが聞きしはセレナーデ

若者歌う恋の歌


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

その時おまえが見たものは

乙女の瞳のその奥に

浮かんだ小さな金の舟

ゆらゆら揺れておりました

やがてはよりそう影二つ。。。


つばめよつばめ

ラ・ゴロンドリーナ!

そこでおまえは旅に出た

はるか北の 柳の国へ

千の枝の 戯れ かわし

雨に涙 隠しつつ

今日もおどけて宙を舞う


(作詞byおとめ)


我ながらこの詩は気に入っていて

もし作曲の才能があるならメロディーを

つけたいのだけれど。。。それは無理。


南米の国々では昔、恋する若者が

恋人の住む家の外でギターやマンドリンをひき

恋の歌を歌う習慣があった。

それを「セレナーデ」と言う。


夫の若い頃までその風習があったそうで、

友達とセレナーデに参加した事があるそうだ。


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今日もお読みいただきありがとうございます。

フラれても優しい男でいてくれるのは

トラさんくらいになっちゃったな〜


posted by おとめ at 08:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌の世界

2015年03月25日

見えないもの

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何も見えなかったところからヒヤシンスの蕾が。。。春だね〜♪



星とたんぽぽ(金子みずず)


青いお空のそこふかく、

海の小石のそのように

夜がくるまでしずんでる、

昼のお星はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ。


ちってすがれたたんぽぽの、

かわらのすきに、だァまって、

春のくるまでかくれてる、

つよいその根はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ


。。。。。。。。。。。。。。

人はどうして見えないものを怖がるのだろう

どうして見えなければ信じないのだろう


見えないものを語るとき

どうして世間を気にするのだろう


そこにあるかも知れないのに

特殊ガラスでできた鏡のように

あちらからは見えているかも知れないのに


巷にあふれる携帯電波やWIFI, TVのアンテナ。。。


見えない電波をこれだけ信用しているのに

どうして見えない世界を信じられないのか。。。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m
posted by おとめ at 12:05 | Comment(7) | TrackBack(0) | 詩歌の世界