2017年05月23日

誕生日の怪

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まあ、いつものことだけど、妹の誕生日会の朝

またあれが起こったんだよね〜(^^;


今まで何度も起きたけど、こちらに来てからは

これが多分2回目かな〜。


今はバスルームに三本のタオルがかかっているけど

そのうち一本で体を洗っていて、ひょいっと

後ろを振り返ったらもうすでに2本落ちてた。


いつもなんの気配もなく気づいたら落ちてる

って感じで、毎日お風呂に入ってるわけだから

自分が触ったりしたらすぐわかるけど、全く

触ってもいないし、だいいち落ちやすいなら

もっとひんぱんに普段から落ちる筈なんだ。


目の前で手も触れないのに突然スルスル〜っと

すべり落ちたこともある。動きがすごく早い。


で、いつ、どのような時に落ちるかと言うと

何か大事な事とかがある時で、一番印象に

残っているのはまだ以前のマンションにいた時で

夫のお骨を持って、まず義妹と落ち会うため

パリへ向けていざ出発、というその朝だった。

まるでそれは「気を付けていってらっしゃい」

という夫からのメッセージみたいだった。


その時はそれだけでなく他にも凄い事が

あったんだけど。。。今は書けない。


あとは今の物件を見に来たときとか、何かを

決定した時とか、他にも色々あったけど

タオルがスルスル落ちるのは、思い出すと

些細な決め事の時とかもあったように思う。


でも途中から何故か「スピリット」というものへの

不信感みたいのが湧いてきた時期があって、

全部偶然だろうで片づけていた頃だったから

そういうのはもう忘れてしまったけど。。。


不思議なんだけど、引っ越ししてきたのも

まるで導きだったけど、今のバスルームの

湯船とかシャワーの配置が以前のマンションと

そっくりで、タオルかけもそっくり同じ位置にあるの。


別に色々なマンションから選んで入居した

わけじゃないし、条件の良い物件はこれしか

無かったの。もう選びようがないというか

否応なくここに来るしか無いという事態に

追い込まれてこうなったわけだから。

元々物件の少ない所なんだよね。


だからあっち側が「ここが連絡しやすいだろう」

とでも相談して決めたみたいな気さえする。

なんだかこれだけ色々起きると自分たちの存在を

教えているとしか思えない。。。それとも何かの

エネルギーがそこにあるのか。。。


あともっと気になるのはまだ親たちが健在で

親子一緒にマンションに暮らしていた頃、その時の

マンションに今の新しいマンションの間取りが

酷似しているということ。部屋数はもっとあったけど

部屋の配置や雰囲気がまるで同じ。まあマンションだから

そういう事はあるさ、って言われればそれまでだけど。


今回は多分私がこちらへ来て、始めてみんなで妹の

誕生日を祝う、ということをあちら側が喜んで、そばで

いつも応援してるよ、っていうメッセージかも知れない。


この次はどんな時に落ちるのかな〜

馬鹿げたことに思われるだろうけれど

今度からもう少しまた注意してみることにした。


他にもいろんなサインというか、神秘体験は

あるので、おいおい書いていきますね〜。

まだまだ研究中。


とりあえず今日は堅い事無しということで

世間話風にまとめてみました〜(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつも沢山アクセスありがとうございます。
あなたの不思議体験は何ですか?

Pさんメールありがとう。あとで返事しますね。

posted by おとめ at 19:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神秘体験

2017年05月20日

足音

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母の死別後、妹夫婦はとても不思議な

体験をした。二人とも霊だとか魂とかには

全くと言っていいくらい無縁だった。


義弟はマジメが歩いているという風な

信州人らしい実直で優しい人柄。

口は貝のように固く、働き者だ。


妹は神経が少し疲れていてひきこもりがち

ではあるが、料理をしたり洗濯したり

日常生活に問題はなく優しい性格。


この二人が実に不可思議な事を言いだした。

まず妹だが、私が引っ越しして間もなくのことだ。


「リビングでアイロンをかけていたら、誰かが

廊下を走ってこっちへくる足音がした」という。

「それはもうはっきりと聞こえた」


「廊下を走ってこちらへくる足音」で思い出した。

地球の裏側の夫の故郷でも姪っ子が亡くなった時

別の都市にいるもう一人の姪が「廊下を小走りに

走ってくる足音」を聞いたのだ。軽くノックの音まで

聞こえたという。思わずドアを開けた。


妹もこの姪っ子と同じことをした。

もちろん、そこには誰もいなかった。。。。


「昨日もまた足音がしただよ。私がシャワーに

入っていたら廊下をだれかが小走りに来て

リビングへ入って行った」


それでリビングで会社が休みの長男が

TVでも見ているのかなと思ったそうだ。


でもリビングへ行ったら誰もいない。

二階に部屋のある長男に聞いたら階下には

全然行ってないと言う。


「でも確かにはっきり聞こえただよ。

ヘンだな〜。。。。」


そのような事は以前私も何度も経験したが

妹にとっては本当に不思議だったようだ。

そういえば妹は私の夫が亡くなった時

ドライヤーから声が聞こえる、という体験をした。


その足音は毎日のように聞こえたが、妹は

「きっとお母さんだね」と妙に納得して

ちっとも怖がっていないようだった。


私もそれを聞いて安心したが、どこかで

「私があまりにおばけのクラスのことや

霊界のことを話してきたから影響されちゃって

単なる思い過ごしじゃないのかな?」と

疑いの心もあったことはいなめない。


お母さんを亡くした悲しみが、魂の存在を

信じさせているのかも知れない、とさえ思った。


けれどもあまりにしょっちゅう「聞こえた」

と言うので私も見過ごせなくなった。

「今日は聞こえただ?」

「今日はまだだじ」という会話が日課だった(笑)


それが単なる妹の幻想や幻聴なんかではなさそう

というのがわかる事が起こった。


あの実直な旦那がある朝ねぼけまなこをこすって

「きのうは眠れなかった」と言って起きてきたという。


「どうしたの?」と聞くと「誰かがそこの

ソファに寝てたようで、寝息が聞こえたんだ」

「えっ?だって〇〇(息子)はちゃんと部屋に

寝てたよね?誰だろう?」という会話になり

二人とも狐につままれたようだったという。


旦那は長男がうたたねしたら風邪をひくと思い

起き上がってリビングまで見に行ったそうだ。


長男は毎日夜中まで働かされ、昼食の弁当さえ

食べられずに持ち帰ることがほぼ毎日続いている。

私はこちらに来てから地方で働く若者の

悲惨な状況を目のあたりにすることになった。


そこはけっこう大手の外資系自動車会社

なのだが、やってることは実に汚い。というのも

TVのニュースで「過労死」が取り上げられると

そういう日に限って早く社員を帰宅させるのだ。


その事は今は書かないけれど、ともかく

旦那が「リビングまで見に行った」という一言

は彼の言葉を100%信頼させるに値するだろう。


更に妹の証言は続いた。

「ダイニングテーブルの椅子をひく音がした」

そうこうしているうちに旦那の方も「寝息」を

何度か聞くハメになった。そんなことが数か月

の間に何度も繰り返し起きた。


私はしばらく考えていたけれど妹に言った。

「お墓参りに行くしかない。ずっと行ってないし

49日の時はろくにお墓を掃除していないもん。

お義母さんはお墓の掃除をいつも気にしていたよ」


それで遠出をずっとしていない妹の気持ちを汲んで

一人で行こうとも思ったが、意外な事に妹も

「私も行く」と言ってくれたのだ。


母親は慣れない土地に嫁に来て色んな苦労の末

繊細な神経をすり減らしてしまった妹のことを

とても心配していた。心残りだったのだろう。

夫を亡くして一人ぽっちの私のことも。。。


無事にお墓参りは済んで、とんぼ帰りだったけど

なんとかお墓を綺麗にし、お花やお酒をたむけた。


するとそれ以来ぴたりと全く何も起こらなくなった。

「やっぱりお母さんだったんだね」


じゃ、母親の死後、私は何も不思議なことを経験

しなかったのか、と聞かれるかも知れない。で、

私の答えは「もちろん凄いことがありましたよ」だ。

けれどもそれはあまりに凄すぎて書くのはためらう。

そこまで頭がおかしくなったか、と言われるのがオチ。

そのことについてはまたいつか。。。


亡くなった人達はいつも私達を見ている。

けれども生きている私達が彼らの存在を思い

信じなければ彼らに私達が見えなくなってしまう。

何故ならすべてが思考による「想念」であり霊はその

世界にいて私達とつながるからだ。

私達の心にその「想念」がなければ何も伝わらない。

とシュタイナーは言っている。更に:


私達も死ねばすでに亡くなった人達に会うが

それはこちらの人生で縁のあった人たちに

限られる、と。

とりあえず救われる言葉だ。。。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日もお読みいただきありがとうございます。
あなたも不思議体験したことありますか?






posted by おとめ at 21:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 神秘体験

2017年05月17日

テレパシー

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テレパシーというのはある。

それはある種の見えないエネルギー。


たとえば私と妹はそれで繋がっている。

彼女がメールした同じ時間に

私も彼女にメールしている。

それが毎日起こっていること。


たとえば、明日引っ越しという日に突然

私は得体の知れない不安にかられた。

車の事故がある、という気がした。

折しもペットのために猫タクシーをチャーター

それで行く心づもりをしていた所だった。


背骨を圧迫骨折している体で5キロの猫を

二匹キャリーバッグに入れ、電車で出発など

到底できない相談だった。


それで、高額だったけど、ペットタクシー

を予約したのだった。けれども次第に

不安がつのっていき、打ち消そうとしても

「大丈夫かな?」という思いが心の隅から

消え去らないままタクシーに乗り込んだ。

忙しくてキャンセルするヒマもなかったから。


そのまま東京を出発したタクシーは走り

無事に目的地、妹の家に着いた。

一晩そこで泊まることになっていた。


玄関に入ると妹の靴や旦那の靴が

泥まみれになっていた。

「どうしたの?」と私は聞いた。すると

なんと私が来る前日交通事故に遭ったのだ

と言う。「心配するから黙っていたよ」と。


信号無視の常習犯にぶつけられたのだ。

車はへこみ、ヘッドライトは粉々になり

車体は田んぼに落ちておまけに

電柱にぶつかって止まった。

死亡事故になるところだったのに

二人はかすり傷で済んだのだった。


ぶつけられた瞬間二人の頭に浮かんだのは

「明日お姉さんが来るのにどうしよう?」

だったそうだ(笑)


一か月前に亡くなった母が守ってくれた

皆がそう言っていた。


別に不思議でもなんでもない。

見えないけれどそこにある。


特に愛する者同士の間でそれはある。

母と息子や娘、恋人同士、夫と妻。。。

もっともアンテナにもよるけどね(笑)


かつてある人とつながっていた。

彼女の心は白いデイジーのようだった。

私は彼女を深く尊敬していた。

どんぐりの背比べの世界で

彼女だけは本物だった。


けれどもある「システム」が彼女の才能

彼女の愛、彼女の魂を腐敗させ、さらに

私自身も腐敗していくだろう。。。

そんな予感がして私は彼女から去った。


とても悲しかった。

私が泣きながらメールをした時

彼女も泣きながら返事をくれた。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつもアクセスありがとうございます。

あなたもなにかしらこんな経験ありませんか?
posted by おとめ at 20:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神秘体験

2016年05月24日

死者に会う

*以下の記事は過渡期に書いたものですので
スピリチュアリズムとあるがままに生きることの間で
まだ葛藤がありました。したがって混乱がありますので
その点はご承知おき下さい。


「死後の生というものは人が好むと好まざるとにかかわらず
存在するのであって、肉体の生での行いがどうであれ存在する。」
(ロバート・モンロー)

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あなたは人は死ぬのは見るけれども、この自分は
死ぬはずがない、まさかこの自分が死ぬなんて?
と思ったことはありませんか?

大好きな作家だった今は亡き宇野千代さんは
「私は死なないような気がします」と晩年に
おっしゃっていました。

そしてその思いは真実かも知れません。。。

。。。。。。。。

。。。。。。。。

三月もなかばを過ぎた頃から三回忌を前にして、
私はふたたびとても苦しんでいました。

そして過去の辛い思い出や未来への不安で
またいつのまにかエゴにからみとられ
胸がはりさけそうでした。

「もう二年もたったのに、まだこんなに悲しい」
と絶望感で一杯になり、ただ泣き暮らしていました。
まるで亡くなった直後に戻ったみたいでした。

同じ死別の仲間と旅行をしたり、食事に行ったり
色々な仲間と勉強したりすることは大いに楽しみではありましたが、
家に帰ればまた同じ愛する人の不在を感じるだけでした。

一度はミディアムシップや勉強などで心の平安を感じた筈なのに、
どうしたのだろう?
と私は未来への不安で一杯になりました。

その原因と思われるものが一つありました。

私はミディアムシップの源である、スピリチュアリズムを
学んできましたが、それと並行していわゆる「アドバイタ」と呼ばれる
インド系の「非二元」の教えにもずっと惹かれていました。

アドバイタはヒンズー教から起こった哲学で
その根本の考え方は仏教から派生した「禅」に酷似しています。
いえ、「禅」そのもの、といってもいいくらいでしょう。
いずれにしてもすべての魂の探求はその根本にあるものは
ほとんど同じなのですから。

アドバイタは1970年代頃から欧米を中心に広まっていきました。
逆にその頃日本で私は「禅」にひかれていましたが、いつか
書いたように「虚無」に陥ってしまった経験があります。

もう50年近くも前の事でその時の心境はほとんど忘れて
いましたが。。。。

夫の死後、ふとまた新たな気持ちで非二元の元祖的存在である、
ラマナ・マハルシと出会いました。そして次第にその教えを継承する
ニサルガダッタ・マハラジ、パパジ、エックハルトトール、
アジャシャンティなどを読んでいるととても心が落ち着きました。

なぜなら、そこには私が経験した「あること」が書いてあり
共感する部分がたくさんあったからでした。

その「あること」とは「一瞥体験」とも「小悟」とも
呼ばれるもので、あとでその体験についても書きますが
簡単に言うと、「個人」とか「自分の人生」というものは幻想で
すべては「ただ一つの存在」から派生した経験に過ぎない。
ということが「身体的に」感覚として感じるということです。

けれどもネオ・アドバイタと呼ばれるさらに進んだ非二元の
世界を知った時私は混乱に陥ったのです。
特にトニーパーソンズを読んだとき私はどん底に落とされました。
彼のYOU TUBEでの動画も沢山見ました。

劇薬を飲んでしまったようでした。
しかもこの劇薬は飲まずにはいられない魅力がありました。
何故なら彼は「真実」を語っているとわかったからです。

彼の話には「神」も「魂」も「あの世」も存在しませんでした。
「私達は聖なる操り人形」「誰もいないし何もしていない」
とパーソンズが言う時、彼が本当の事を言っているのは
わかりました。ただ「わかった」のです。

仏陀はそもそも「魂」についても「輪廻」についても
明確には言っていないのです。
私にはトニー・パーソンズが仏陀に見えました。

「何もかも幻想なのだ」
アドバイタから比べたらスピリチュアリズムは
まるで子供のおもちゃのような感じがしました。

スピリチュアリズムに対して懐疑心で一杯になり
その結果ますます悲しみは強さを増していきました。

「もうミディアムシップの勉強なんかやめようかな」
と思い始めていました。

ミディアムシップは所詮電波のようなテレパシーに過ぎず
テレパシーならとっくに科学的に認められているんだし。。。
と霊界とのつながりが信じられなくなっていました。

ところが、そんな日々をおくっていた頃のことです。
疑い深い私の考えを覆すかのように三回忌を前にして、
四十九日の時と同じく、不思議な事が
またドド〜っと沢山起こったのです。

それはまるで魂の世界に対して猜疑心の塊になっていた私を
ものすごい力でスピリチュアリズムの世界へと連れ戻しに
きたようでした。

今になってやっと私はその事を何か計り知れない存在からの
プレゼントだと思っていますが、それがわかるまで
だいぶかかりました。

その一連の不思議な事についてまず順に書いていこうと思います。
起こった事をありのままに書いていきますのでとても信じられない!
という方も沢山いるでしょうし、こんな事を書く私を「頭が
おかしい」という人もいるでしょう。

そんなこんなもひっくるめて私は今書かずにいられません。
そして人から自分がどう思われようと気にする自分は
今だいぶ少なくなったので、その辺は自分としてはラクです。

「人からどう思われるか」を気にする間は、エゴにとらわれて
いますが、次第に自分がその心配から解き放たれつつあるのを
実感するのは心地良く感じています。

。。。。。。。。。。。

最初に起こったことはとてもオカルトめいたことなのですが。
買ったばかりのスマホとパソコンが機能しなくなりました。
スマホが壊れるのは二度目です。

電気製品がおかしくなるのは夫が亡くなった直後にもありました。
これは物理現象といって霊的な力によるもので、霊媒体質の
人に起こりやすい、と師であるMさんは言いました。
そして消したはずのパソコンが朝になると
ついていました。毎日のように。。。。。

そんな折私はしばしばまた明け方3時頃に
目が覚めるようになってしまいました。

眠るために難しいけど大好きなダスカロスを読みました。
私はスピリチュアリズムを勉強し始めるずっと前に
ダスカロスを学び始めていました。

ダスカロスにはアドバイタのような非二元(ワンネス)もあるけれど
ちゃんと「神」もいて迷う私を安心させてくれるような気がしたからです。

いわば彼はスピリチュアリズムと非二元の中間のような教えを
くれる人でした。

するとすぐに眠くなって寝入るのですが、
意識は覚醒したまま「体外離脱」を経験しました。

体外離脱は若い頃からありました。

初めはいつも頭の中で起こるすごい轟音です。

「あ〜また来るのか」
私はうんざりした気分でした。

この轟音は私が体外離脱を経験する前に
必ず起こるもので、それは脳の発作で死ぬのかと思う位
すさまじい音が頭の中で鳴り響くのです。

若い頃はいつもそれでもの凄い恐怖を感じていました。

しばらく我慢して身をゆだねると轟音は止み
体が震える感じがして、ぱっと視界が開けます。
目を閉じているのに部屋の中がはっきり見えます。

ここまではいつもと同じでした。

その中で私は誰かと話をしていました。
私は半身を起こしていました。
ベッドには私の体がありますが、よく見えません。

何を話したのかは覚えていませんが
ふたたび横になった次の瞬間
背中に夫の気配を感じました。

私は夫の方へ寝返りを打って何気なく夫の顔を撫でました。
「いつものように」
ちょっとのびたヒゲがちくちくしました。

見覚えのある夫の手。。。デリケートで清潔で
女性のようにきゃしゃで爪を綺麗に切りそろえた
大好きな夫の手を握りしめました。

まるで毎朝の目覚めの時の事のように感じていました。

「冷たい手。。」と思った瞬間「え〜〜!」
と我に返りました。
「あなたはここにいない筈でしょ!!」と
夫を抱きしめながら叫びました。
金縛り状態だから声がなかなか
出ません。まぎれもない夫の体を感じます。

「ああ、神様!ありがとう!ありがとう!
夫がここにいます。とうとう会いました!」

ところが!すべてを詳しく描写することはここではできませんが、
私が叫んだとたん夫は消えてしまったのです。
私は後悔で泣きじゃくりました。

「せっかく来てくれたのに、何も言わないで、そのままで
よかったのに。。。」

夫の方へ寝返りを打った筈なのに
起きたら体は元の方を向いていました。

私の幽体(霊体?)だけが寝返りを打っていたのでした。

そんな体験が2,3日おきに三回忌の前に三度起こりました。
こんなに続けて起こるのは生まれて初めてでした。

2度目に離脱した時もやはり一度早朝に目が覚めて
ダスカロスを読み、お祈りをしてまた眠りました。
「お祈り」といっても自己流ですが、自分のために
願い事をするわけではありません。

すぐに離脱状態になりその時は初めは部屋の中だけが見えました。
時計を見ると7時で「早く起きなきゃ」と思いましたが
どうにも眠くて「夢の中」でまた寝ました。

何かを心配していました。すると「心配ないよ」と
いつもの夫の声が聞こえました。
と思う間もなく夫は部屋に入ってきました。

夫は生きてるときそのままに感じました。
まさに「生きていました。」
この時も私は我慢できずに夫に聞いてしまいました。
「どうしてここにいるの?」
どうしても聞かずにいられなかったのです。

するとまた夫は消えてしまいました。
時計(現実の)を見ると7:11でした。

三回目の離脱が起きたのは三回忌の二日前でした。
この時も早朝覚醒+ダスカロス+二度寝で、
離脱して部屋を見ても誰もいませんでした。

私は寂しくなって「出てきて」と夫に
頼みました。
すると部屋の入口に夫の手先が見えました。
なんだか手探りしているみたいでした。

とうとう夫が部屋に入ってきて私達はこの時
けっこう長く会話をしました。

「そっちで何をしているの?」と聞くと
「色んな事。。。人を助けたり。。。」と言いました。
「誰を助けてるの?」と私。
「おばさん達」と夫が答えた時私は
夫らしいなと思いました。

夫はこちらにいる時とても女性に優しく
いつも困っている女性や子供を助けたり荷物を
もってあげたりしていたからです。

「素敵な人がいるんでしょうね」と
私が言うと、夫はとてもうしろめたそうに
こう言ったんです。
「あのね、こっちにいると何でもできちゃうんだよ」

「さては浮気したな」と私は思いましたが、
少しも嫉妬心を感じませんでした。
いつもお祈りの時「そっちで幸せで
いますように、好きな事をして楽しんでますように」
と言っているからです。

この三回目の離脱の時も私ははっきりと目覚めていました。
チャンスをのがすまいと必死でした。

この時気づいたことは夫がどういうわけか
私に会った事をごく当たり前のように受け止め
私のような感激はあまりないように思えたことです。

とても夫の態度は「クール」でした。
それをちょっと寂しく感じました。

この事についても後日私は驚愕の真実を知ることに
なりました。

目が覚めて時計を見るとまたもや7:11でした。

ダスカロスは人間は三つの体を持っている、
と言っています。

それは肉体、サイキカル体(幽体)それからノエティカル体(霊体)です。

サイキカル体は肉体と全く変わらない外観だそうです。
ダスカロスによると人間は死後サイキカル体となって
サイキカル界で暮らします。

そこは現世で望んでいた通りの家や衣服なども
自分の想念で生み出すことができ、人はそこで
肉体を持っていた時とかなり同じような世界で過ごします。

夢で私達は毎晩サイキカル界へ行っているそうです。
そこで当然亡くなった人と会っているのですが、
大部分の人は忘れてしまいます。

その辺はスピリチュアリズムと全く同じ考えです。

ダスカロスは今は亡くなっていますが、
キプロスの偉大なヒーラーで霊能者でした。

海外では有名ですが、日本ではその存在は
ほとんど知られずにきました。

毎日80人もの人を自宅で全く無償で治療したと言われています。
プレゼントさえも受け取らなかったそうです。

彼の元を世界中のヒーラーが訪れそのレッスンを受けました。
スピリチュアリズムでは神様のように扱われている
ハリーエドワーズも彼の教えを乞いに行きました。

そしてダスカロスが死者に会うために行っていたのが
「体外離脱」だったのです。

体外離脱といえば、さらにこの人を忘れることはできません。
「へミシンク」という人工的に体外離脱を行わせる音響装置を
発明したロバート・モンローです。

「ヘミシンク」とは特殊な音響装置で脳を変性意識状態に
持っていき、それによって誰でも人工的に体外離脱ができるように
と考案された装置です。

ヘミシンクは日本での色々なワークショップでも
盛んに取り上げられています。
私は機械で脳みそをいじられるのが嫌なので興味はあるものの
ワークショップへ行った事はまだありません(笑)

というかワークショップへ行こうと迷っているうちに
自然な体外離脱が起きてしまいました。
アメリカのモンロー研究所へ行って
じかにへミシンクを体験すると、渡航費プラス滞在費
などで70万くらいはかかるでしょう。

この体外離脱経験は私にとって霊界からの
大いなる恩寵で、偉大なる経費削減でした(笑)

そして私を心から安心させてくれた事実がありました。
それはモンローはへミシンクを作るずっと以前に、
彼自身もひんぱんに「自然な」体外離脱を行っていたということです。。

そして遠くの友人へ会いに行ったり
亡くなった父親と会話したりしました。
そして彼は「霊界」や「平行宇宙」の存在を確信したのです。

そのことについて彼の著作「「体外への旅」に詳しく書いて
ありますのでご興味ある方は是非読んで見て下さい。

彼は「自然な」体外離脱ができない人の為に「へミシンク」という
特殊装置を作ったようです。

モンローの著作で私は対外離脱の前の「轟音」
の事を知り安心しました。モンロー自身も初期の体外離脱で
その音ではさんざん悩まされていたからです。

その轟音は「幽界」と呼ばれる世界への入り口であり
突破口のようなものらしくモンローはこの状態を抜けて
意識が覚醒し、霊体が抜けた状態を「フォーカス10」と
呼んでいます。

それを読んだときどんなに私は安堵したか知れません。

体外離脱で私の場合は「二度寝」とダスカロスとお祈りが
きっかけですが人によってそれは違うでしょう。
よく金縛りにあう人は大いに素質があると思います(笑)

以上のようにミディアムシップとは別に
死者に会うもう一つの方法を私はラッキーにも
体験することができました。

そしてそれは「体外離脱」だったのです。

けれども一つ重大な事実について今言わなくてはなりません。
それは、この体験ですら、私の悲しみを根本から消すことは
全くできなかったということです。夫に会えたのに?

会話までしたのに。。。存在を確信したのに。。。
何故でしょうか?

私には今その理由がよくわかっています。。。

それについて更に私は探求していきました。
それを説明するのはさらに難しいです。

そしてすべての人にわかりやすく伝えることができないのを
とてももどかしく情けなく感じます。

・・・・・・・・・・・

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m
起こったことをありのままに書くという事がこれほど
難しいこととは思いませんでした。

多分ほとんどの方には理解不可能だと思います。
私の書いたことが果たして誰かの役に立つことなど
あるかどうかわかりません。

けれども事実は事実として書かなければいけない気が
しているんです。。。
posted by おとめ at 21:36 | Comment(12) | 神秘体験

2015年06月18日

心のグリーンモンスター

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ペルーでもらった幸運の石。少女の頃遊んだおはじきみたい。



私はどうしても夫に会いたくて


あの世の存在について考えるようになった。


夫を亡くしてから経験した一連の不思議体験で


幼い頃の思い出がまざまざと蘇ってきた。



今思うと私はけっこうオカルティックな子供だった。



一才に満たない頃ひどい肺炎になった。


肺に水が溜まり、その晩が山という状態だった。


父親はあきらめず夜っぴて注射を打ってくれた。


生死の境を、幼い魂はさまよい


今で言う臨死体験もしたかも知れないが


あまりに小さかったのでもちろん覚えてはいない。



そして。。。天の助けがあって今こうして生きている。



3才の時ハシカにかかりまたまた重篤な状態になった。


蚊帳の中で息苦しかったのを覚えている。


その頃から妙に大人の心の中がわかるようになり


見舞いにきてくれた親戚のおばさんのこわ〜〜い心が


透けて見えてしまって、息苦しかったのは


そのせいもあったかも知れない。



夜中だと思うが母親とトイレに行った。


その時のことは一生忘れないだろう。


熱に浮かされ、古い家の長い周り廊下を


母親に抱きかかえられるようにフラフラ歩いていた。



その時見たものは!


大きな大きな緑のおばけだった。


けれどもフシギと怖くはなかった。



それから何十年もたって夫と映画を見ていたら


突然そのおばけに再会した。


それは映画ゴーストバスターズに出てくる


あのグリーンモンスターだった(笑)



とっくに忘れかけていたおばけに会って


なんだか懐かしささえ感じた。


私は今でもあの緑のおばけは実在すると信じている。



小学校一年の時、祖父が亡くなった。


遺体をさすりながら母や伯母や祖母が泣いていた。


始めて経験する人の死だった。



私は祖父の事をぼんやりと覚えていたので


いつも祖父に心の中で話しかけるようになった。


それ以来祖父は私の中に住み続けた。


しかしある時点で祖父との交信は絶たれた。



おじいちゃんは。。。生まれ変わったのだろうか。。。



小学校の時作文を書かされた。


テーマは将来どんな事をしたいか?だった。


私はいつも友達にしていた小人さんの事を書いた。


小人さんにベッドや家を作ってあげたいと。


小人さんは私が毎日遊ぶ江戸川べりの草むらにいた。



高いところが大好きで、塀の上や


店の看板が載っている屋根に昇るのも最高だった。


父親は大人の背丈よりずっと高い所に


ツリーハウスのような鳩小屋を作っていた。


そこから飛び降りるのは至福の時だった。



母親は店番で忙しくて無関心だったから大丈夫だった。


さもなければ大騒ぎして止めただろう。



時々ぼんやりしたり、眠る直前などに


ある光景が浮かんできた。いつも同じ光景だった。


狭〜い、やっと体が入るくらいのトンネルで


私が這いつくばって進んでいるのだ。


その場所はたとえていうなら


押入れの布団の中にもぐりこんだような感じ。。。


繰り返し繰り返し思い出す光景だった。



20才の時窓から外を見ていたら


大きな丸い輝く物体を見た。


月の何倍もの大きさでギラギラと光っていた。


急いで階下の家族に知らせたが


誰も本気にしてくれずTVに夢中だった。


私がしつこく言うとバカにされた。



だからずっと誰にも話すのをやめていた。



その頃から心の中で、ある考えのような


誰かから教わっているようなメッセージを感じた。



「神はいる。宗教は関係ない。


宗教のせいで争いがおきる。


川の鮭が産む卵は宇宙の果ての星雲と同じだ」


というものだった。1970年代初め頃のことだ。



社会人になってそういった一連のことは


全く忘れていた。


夫と結婚してまもなく父親が亡くなり


その時久しぶりにフシギ体験をした。



けれども夫と一緒になってから忙しくて


そんな飯のタネにならないような


フシギな出来事などはあまり話さなかったが、


ある時夫が私に打ち明けた。



幼い頃「UFOを見たことがある」と。


ペルーの広大な原っぱで友達と遊んでいて


木陰からふと覗くと銀色に光る巨大なものが


原っぱの真ん中にあったそうだ。



ものすごく怖くて思い出したくないのか


夫はそれ以上は話してくれなかった。



夫の姿が見えなくなった今でも


私はいつも夫に話しかけている。


昔おじいちゃんに話しかけたように。


おじいちゃんはいつも私を助けてくれた。



夫も助けてくれているのを感じる。


スピリチュアルの勉強をするようになって


私よりずっと変わった経験をした人が


沢山いる、という事を知った。


私のしたフシギ体験なんてめずらしくも


何とも無いという事がわかった。


時代が確実に動いていた。



ある日ある勉強会に向かっている道で


突然ブックオフに入りたくなった。



時間はあまり無かったのに何故本屋へ?


自分でもわからなかった。


精神世界のコーナーで一冊の本を手に取った。



よしもとばななとゲリー・ボーネルの対談集?


よしもとばななは好きな作家なので


何気なくページを開いた。すると!



いきなりある文章が目に飛び込んできた。


私が去年の暮れから今年にかけて滞在した


夫の故郷であるペルーのアレキパという町に


UFOが出没する湖がある。。。と書かれていたのだ。



これは夫が見たものの裏づけでもあるし


夫からのメッセージのようにも感じた。



それ以来UFOや宇宙のことをたびたび考える。


夫は何が言いたいのだろうか。。。


あのグリーンモンスターなら答えてくれるだろうか。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


夫の亡くなるビフォーとアフターでブログ内容が大幅に

変化しております。今までお読みいただいていた方には

とまどいとご心配をおかけするかも知れません。


けれども自分が人からどう思われるかよりも

これからも自分の心に正直に書いて行きたい

と、やっと思えるようになりました。


これも癒しの兆しならば嬉しいです。(⌒-⌒)





posted by おとめ at 19:23 | Comment(8) | TrackBack(0) | 神秘体験

2015年02月27日

薔薇が。。。

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しおれないんですよ。この薔薇。

バレンタインデーに買って、もうかれこれ2週間。

まだピンピンしてます。


生まれて始めてバレンタインに買った薔薇

それまでは毎年夫がプレゼントしてくれたので

私はチョコをあげていました。

今年から私が薔薇をあげる番です。

チョコレートは一人で全部食べました(笑)


水切りも何もしてないのに、ただ毎朝お水を変えただけ。

そのあといつも夫や今は亡き人たちにお祈りをしてます。


こんな長持ちの薔薇を見たことありません。

真紅の薔薇が特に好きだった夫。。。

夫が愛のエネルギーを送ってくれているんですね。

と勝手に信じています。


ところで。。。

帰ってきました!(とっくに)

ジュネーブとペルー40日間の旅から。


行く前は行きたくなくて行きたくなくて

ストレスでひどい不整脈になり

三日間入院してしまいました。

でもキップは買っちゃったので

ドクターにお薬をたくさんもらって

がんばって行って来ました。


まずジュネーブに行って義妹に会いました。

夫はスペイン人で医者なので安心でした。

でも風邪ひいちゃったけど(笑)


義妹も魂の存在を信じている人なので

つもる話もできたしその点ではラッキーでした。


東京を旅立つ朝、5時ごろシャワーをあびていたら

またあったんですよ。例のことが。

タオルが一本スルスル〜と落ちました。

「行ってらっしゃい」って言われてるみたいでした(笑)


ジュネーブで一週間ほど休んでから

義妹と一緒に大西洋経由でペルーヘ。

帰りもジュネーブからパリ経由で帰ってきました。


行ってきて良かったです。

旅行中2,3回しか涙が出ませんでした。

帰ったらまた元の木阿弥でしたけどね、ははは。


旅行のことはこれから「癒しの旅」として

書いていきたいと思っています。


愛する人が亡くなって悲しみのどん底にいる人に

少しでも慰めになればいいな〜と

涙がちょっぴり減ったわけとか。。。

自分が体験したそんな癒しのこととか。。。


私が今必死で探して探して捜し求めている

「生きていかなきゃいけない理由」

そんなことを一緒に考えていけたらいいのですが。。。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。





posted by おとめ at 08:08 | Comment(10) | TrackBack(0) | 神秘体験

2014年07月12日

あの世からのサインがいくつも。。。


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これは書こうかどうしようかとても迷ったのだけれど。。。

夫が亡くなってかれこれ三ヶ月

先日の記事にも書いたような夫からのサインとしか

思えないような出来事が続いている。

でもこれを書くことで同じような苦しみを味わっている人達に

少しでも希望が出てくればな〜と思った。

頭がおかしいんじゃないの?と言われるのを覚悟で

思い切って書くことにした。

夫は生前は魂とか霊魂とかそういったものは

一切信じない人だった。

私も昔時々ヘンな体験をしたな〜くらいで

そういった世界とは全く縁がなかった。

夫が亡くなるまでは。。。ところが。。。


四十九日の夢で夫が言っていたように一週間に一回のペースで

リアルな夢またはサインのようなものを受け取っている。

夢が無かった週には決まって不思議なことが起きる。

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たとえば私は月々の領収証を透明袋に入れて

↑写真の籠に収納しているのだが、

先日一人ぽっちの夕食が済んでボーッとしていたら

突然目の前でその袋がカサカサいいだしたのだ。

猫が触ったわけでもなくもちろん私も全然。

その後何度も手を触れて鳴るようにしてみたが

手を触れても何をしても誰かが触らない限り

音は出ない事に気づいた。

そもそも手を触れても簡単に鳴るような袋じゃないのだ。

あれは誰かが袋を揉むようにした音だ。

昨日の台風の時も窓を開けていたが

風で鳴る様子もなかった。

私はこれから一人でどうやって生計を立てて行こうかと

常に考えているから、夫は安心させるために

あまり心配するな、と言ったのかもしれない。

。。。。。。。。。。。。。。。。

「死者からのサインは、私達が親しい人を亡くし、

突き放されたと感じたり孤独を感じていたりするときに

その死者の存在を証明してくれるものです。

・・・中略・・・サインは、無償の愛情によってこっそり

静かにやってきます。しかし、もともと宝石のように

稀少な存在ですから、どこにでも転がっているわけではありません。」

ジャン・ジャック・シャルボニエ著

”「あの世」が存在する7つの理由”より。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

その次の週はリアルな夢をみた。

夫は優しく私を抱きしめてくれた。

そしてその次の週に決定的な事が起きた。

大げさかもしれないが、一番上に載せた写真の

浴用のタオル(体を洗うための)をいつも私は

2本を浴室内のタオルハンガーにかけている。

もう一年以上そのタオルは常にきちんと

ハンガーにかかっていた。

それが先日私が髪を洗っていたら

突然一本がスルスルっと滑り落ちたのだ。

あらら〜!手も触れていないのに。。。。と思ったら

もう一本もみるみる間に足元に滑り落ちた。

もちろん触れていないし、何もしていない。

その後私は何度も実験をした(笑)

シャワーをかけてみたり、わざと濡らして見たり、

風呂場の窓をあけて風を入れてみたり、

でも何をしてもタオルはテコでも動かなかった。

誰かがそっと引っぱらない限り。。。

不可能という事がわかったのだ。

なんだかとても嬉しかった。夫はそばにいるのだ。

そう確信した。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

私が最近大変信頼している本のなかで

「癒しと愛は時空を超えて」(堀江克子・飯沼正晴)

というのがある。

その中でこんな記述がある。

「地上の者へ向けてのサイン、 訴え

。。。本来の霊界へ戻れずにいる霊そのものは

「自分の思い、執着」で作り出した世界にいます。ですから

自分の思いしかありません。地上の者への直接的な働きかけ

といった”接触”や”交流”が意識に入るとすれば

あとわずかで次の段階へ移行できる状態にある場合です。」

。。。。。。。。。。。。つまりこの世を離れて幽界へと移行した

私達の愛する家族が、この世に残された家族へ

何らかのサインを送ることによって自分達への愛情の念を

受け取り、そのエネルギーがより進んだ段階へと

魂を導く手助けになるんだそうだ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。

「ところで、亡き人たちは時として、我々に合図を送ってくれるが

果たしてそれが本物の合図なのか、それとも合図だと

思い込もうとしているだけなのかを見分けるのは難しい。

。。。中略。。。亡き人たちはさまざまなやり方で

自己表示するようだ。」

フィリップラグノー著

「愛は死を超えて」より

。。。。。。。。。。。。。。。。。

来週は私の誕生日がくる週。

夫がどんなサインを送ってくれるのか

とても楽しみにしている。

サインを受け取るときは、決まって

あまり泣いていない時とか、ただボ〜っとしているときが

多かったように思う。

そしてその時はちっとも怖くないのだ。

あとでぞ〜〜〜っとするけれど(笑)

時々家族と死別された方の色々なブログを読んでいると

サインを受け取れない事を嘆いている方がおられる。

それに対しては前述のシャルボニエがこう書いている:

「サインはこの世に残された人間に情報を与え、助言をし、

喜ばせ、励まします。天はサインを送り続けていますが

いつでも受け取れるとは限りません。私たちの多くが

頑丈なよろいをまとってしまっているためです。」

「頑丈な鎧」とはあまりにも悲しみが深すぎて

感覚や感受性が衰えている状態でもあると思う。

亡くなった人が絶対にそばにいると常に感じることで

悲しみもだいぶ和らぎ、サインも受け取りやすく

なるかも知れない。私の場合も比較的感情的に

リラックスしている時にこうした事が起こっている。


このつたないブログをお読みくださった方で

同じような経験をされた方がいらしたら

ぜひぜひご一報下さい。

お待ちしています。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m



posted by おとめ at 21:44 | Comment(6) | TrackBack(0) | 神秘体験

2014年06月12日

虫の知らせ

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夫が亡くなる少し前から

不思議なことがつぎつぎと起こった

その時は別になんとも思わなかったが

あとから考えてみると

虫の知らせとしか思えないことばかり


亡くなるひと月ほど前

夫が使っていたお風呂用の軽石が

真っ二つに割れているのを見た。

なんだか不吉な感じがした。


それから亡くなる半月くらい前。。。

いつも夕方になると夫が餌をやっていた

野良のラッキーが姿を消した。

夫はすでに歩くのもしんどくなっていたので

私が代わりに毎日やっていたのだが。。。

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夫はこの子をとても可愛がっていた。

あちこち探して歩いたが 以前にも

2,3日姿を見せないこともあったし

そのうち出てくるだろうと思っていた。

その頃はもうそれどころではなく

日に日に衰えていく夫のことのほうが気がかりで

そのままになっているうちに ついに見かけなくなった。

夫が亡くなってからも探す毎日だったが

今ではもうあきらめてしまった。


4月7日に最後の入院をしたが

夫はそれをとても嫌がっていた。

家に帰りたいと主治医に訴え続けた。


それから夫がマンションの鍵が無いと騒ぎ出した。

「合鍵をつくればいいじゃん」と私が言っても

いつまでも気にしていた。 

そういえば夫が鍵を無くすなんて考えられないことだった。


夫が家に帰ってくるまでに新しくTVを購入した。

だが、次の日に猫が飛びついて壊れてしまった。



そして。。。

11日に主人の腕時計が止まってしまった。。。

亡くなる4日前のことだ。


それと前後して三日三晩 夫は一睡もできず

あまりに帰りたいと訴えるので

主治医はとうとう許可を出してくれた。

足は象のように重たく、むくんで

車椅子に乗せるのも一苦労だった。

靴が履けないのでスリッパのままだった。

マンションに着いたとき3階までの階段を

介護タクシーの運転手さんと私に支えられながら

2,3段づつ一時間ほどかけて昇った。

最後の力をふり絞りながら。。。


その晩はうわごとのようなことばかり言っていた。

次の日の午前中に介護保険の関係で

介護の人がどやどやと来て介護ベッドが入り 

その日はこんこんと一日眠り続けた。

あ〜やっと眠ってくれた。


これからは私がずっと家で介護して

家で看取ってあげたい。。。とそう思っていた。

がその晩中痰がひどくて せきこむので

生姜入りのハーブティーを作ったり

ミントティーを飲ませたりしたら一時は良くなった。

しかし。。。ほとんど咳で眠れず おまけに

尿が一滴も出なくなってしまった。

当日は心配だったので病院に電話した。

すると歩けないなら救急車で

すぐ病院へくるようにと言われた。

やはり家では無理でしょう、との事。

その事を夫に話すと

今思い出しても辛くなるような悲しい目をして

私をじっと見つめた。


また入院か。。。そう二人とも思っていた。

救急車がきてまたもや人がどやどやと入ってきた。

病院へ着くと夫と引き離されてしまった。

呼ばれた時は夫は意識不明の危篤状態。

「今晩中でしょう」と主治医に言われた。


何故?どうして?

今朝はヨーグルトも食べたのに

さっきまで私と話をしていたのに。。。


いっとき夫の意識がもどった時間があった。

私は聞いてみた。

「救急車でびっくりしちゃったね?」

夫は強くうなずいた。

「どこにいてもずっとずっと一緒だね?」

必死でうなずいていた。。。


入浴用品、猫、鍵、時計、TV。。。

まるで神様が もうあなたにはこういうものは

要らないのですよとでも言ったみたい


今更思い出してもどうにもならないことばかり

どうして思い出してしまうのだろう。。。


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空太にそっくりだったラッキー

今は夫のそばにいるのかも。。。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございました。
m(__)m



posted by おとめ at 10:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | 神秘体験