2017年04月17日

なたね梅雨


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今。。。よけいな苦しみを作るのは自分

それが分かった時苦しみはない。

ちゃんと見た時、感じた時。


たとえば雨が降っている。。。気がめいる。

それだけで自分が不幸の塊のような気分になる。

それは雨が降るという現実をそのままに

受けとめていないからなんだよね。


雨が降っているそのことが

過去に見た映画や、過去の思い出と重なり

今降っている雨とは別物にしてしまっている。


それをやっている犯人は誰だ?

それは「心」⇒「思考」⇒「自分」←「記憶」←「知識」


あらゆる思考がない時

本当の雨の姿が見えるだろう。

本当の雨の音が聴けるだろう。


雨が降っている事自体に何の問題もない。

しとしと降る雨、雨、雨。。。。。


誰も雨をストップすることはできない。

雨、無数の水滴、冷たい、これはなに?

しとしと、しとしと、頬を濡らすもの

。。。。。。。。。。。。。。。。。。


幼い頃雨の日が大好きだった。

何故なら水たまりに虹があったから。


いつまでもいつまでも眺めていた。

私は水たまりの虹と一つだった。


大きくなってそれが車から漏れた

オイルかガソリンに過ぎないと誰かが言うまで。


あとからつけられた観念や思込みのせいで

私たちって人生を台無しにしてるかもよ。


だから何の先入観も無かった幼年期は幸せなんだ。

なにもかも、ジャッジせず、そのまま見ていた。


ここに大嫌いな人がいるとする。

あなたの頭痛の種だ。

その人の性格が変わって欲しい。

でも。。。

そんな事できるだろうか。

絶対にできはしない。ためしてみよう。


その人を変えようと思うから苦しみが生まれる。

その人はその人でほっておくしかない。


かといってそこで自分を変える必要も無い。

自分も人もそのままでいい。雨と同じこと。


限りなく大きなエネルギーに

すべては一つで一つしかない。


あなたはあなたの世界に

私は私の世界しか見えないけど

両方とも同じ命を生きている。


あなたであるものをどうして変えたりするのか。

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いつもアクセスありがとうございます。

読んで下さり感謝で一杯です


posted by おとめ at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 苦しみについて

2015年11月23日

あなたがネガティブな感情を本当に経験すると
それは消えてしまいます。(ガンガジ)
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6人兄弟の長男でした。

いつも陽気で、弱いものや女性に優しく

ユーモアにあふれた夫でしたが。。。


意外にもガンが発症する数年前まで

夫は長い間仕事の疲れから「うつ病」

に苦しんでいました。


外国人でありながら一流企業の職を得て

その後独立して事務所をかまえ

順風満帆の人生を歩んでいた途中に

ふと足元をすくわれたのでした。


ずっと精神科の薬を飲んでいて

あらゆるカウンセリングを受けました。


働き者だった夫が一日の大半をべッドで

過ごすようになり、ほとんど誰にも

会いたがらなくなりました。


日本では「我慢」や「忍耐」あるいは

「外面(そとづら)」の良いことが

尊ばれます。中身より包装紙なのです。

そのためかうつ病の人は後を絶ちません。


「ホンネ」と「建前」は夫がいつまでも

受け入れられないことだったようです。


ほとんどすべての人が人目を気にします。

人と違っていることを恐れます。

何にでも一定の「形」があって

そこに自分をはめるよう努力し

人より遅れをとるまいとしています。

そのためイジメも多いです。

人に気軽に愚痴をいう事もできません。


「根性」だとか「頑張る」などの言葉が

常に飛び交っています。


こうした事はすべて精神的な疾患を

起こしやすい日本という国が持つ

特有の欠点です。


しかし夫が精神的な病気になったのは

日本の空気が合わなかったという事では

全くありません。夫は日本が好きでした。

でなければ半世紀近くもここにはいません。


またもちろん、この国には欠点を上回る長所も

一杯あるからです。それに夫は人間は

どこへ行っても同じだ、と言っていました。


夫はまじめで穏やかな性格でしたが、時々

激情にも似た絶望感に襲われていました。

それは成長過程で親から受けた影響

によるものも大きかったと思います。


親は常に長男の夫に「我慢」を強いました。

いつも妹や弟の世話をして、8歳の時から

親の仕事を手伝っていました。

当然他の子どもたちのようにのびのびと

遊ぶことを知りませんでした。

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末の妹たちと。。。


私は夫を治すべく、あらゆる心理学

の本をよみあさりました。

それで利益を得たのは私だけでした。


精神科の先生は機械的に無表情で

夫の話を「聴いて」くれました。

病院からの帰り道、ある日夫は

その主治医がウオークマンをつけて

音楽に没頭しているのを目撃しました。


毎日毎日人のグチをひたすら聴き

ストレスで一杯のもう一人の男性が

そこにいたのです。


夫は自分を治してくれる人はいない、

と絶望的になりました。

自殺願望が芽生え「死にたい」と

私に訴えるようになりました。


あの時点で夫が先立ってしまっても

私は決して驚かなかったでしょう。

それほど夫は苦しんでいました。

けれどもそれ以上の苦しみを私や

他の家族に与えることはしませんでした。


つまり夫は自殺という事が究極の

自分本位の行為であり、残されたものを

どれほど果てしない絶望に陥れることか、

エゴの最高の勝利かという事はぎりぎりの

どこかではっきりわかっていたと思います。


私も絶望的になっていきました。

必死に有能なカウンセラーを探しました。

あるアメリカ人カウンセラーに会った時

ある程度までは良くなりました。


しかし彼を本当に助けてくれたのは

医者でもカウンセラーのような専門家

でもありませんでした。ある「師」でした。


本当の師は目立たないものです。

本当の幸せと同じように本当の師は

あなたのそばにいつもいます。


真の師は自分を人にアピールしません。

自分は師である、なんて言いません。

勿体つけて教えを垂れることもありません。

神様に一番近い人が師です。


夫を立ち直らせたのは一体誰

だったと思いますか?


それはごくごく普通の人々だったのです。

夫は長年病院へ通っている間に

さまざまな患者達を目にしました。


ストレッチャーに乗せられた意識不明

の弱弱しい老人、車椅子に乗っても

ニコニコとほほ笑んでいる子供、盲人、

喋ることもできない人、やせ細って

すべてをあきらめた末期の患者。。。


そんな人々が夫の師であり、名医

になってくれたのです。


夫の中の善なる声が夫に教えました。

食べられる、見える、歩ける。。。


それが人間としてどれほど幸せなことかを。

自分がどんなにエゴに生きていたかを。

どんなに自分の事だけを考えていたかを。


そんな自分が、あのダウン症の子供のような

心からの笑顔さえ持っていない。


それが夫にわかった時、偶然にも

主治医が代わりました。

今度は若い、新しい教育を受けた先生で

非常に「傾聴」のできる方でした。


人の痛みを自分の痛みに感じられる人でした。

この幸運によって夫はあっという間に

ぐんぐん良くなっていきました。


強い薬はもう飲まなくなり、ただの

お守りになりました。


私達夫婦の暮らしに笑いが戻ってきました。

それが束の間であったとは言え、二人で

この困難を乗り越えた喜びを味わい

本当の幸せを実感できたのでした。


けれどもそれからほどなくして、運命は

夫に最後の卒業試験を与えました。


ついにガンが発症した後も夫はもはや

うつ状態に陥ることはありませんでした。

淡々と自分の運命を受け入れていました。


どんなに辛い状態でもあるがままでした。

いつもジョークを言っていました。

沢山の疲れた看護師さんを笑いで癒しました。


臨終の瞬間まで次の治療に期待しながら

息を引き取りました。


夫は人生最高の苦しみを途中で放り投げる

ことなく受け入れ、その中で必死に生き抜いて

力尽き、あちら側に渡っても私の事を心配し

自分がまだ存在しているというたくさんの

サインをくれました。


人の意識のエネルギーが永遠であることを

今でもずっと教えてくれています。


ただいること、毎瞬ここにあること

そして与えられたやるべき事をすること

それだけで価値があるのが人生です。


その他のどんなに大きく見える問題も

さまざまな苦しみも悲しみもすべて

あなたがただただこの世に存在すること、

それに代えられるものはありません。


問題が大きくても、耐えがたい苦しみ

があっても、ただ身をまかせれば

ずっと楽になります。受け入れず

逃れようとするから、その状態を

「最悪」とジャッジしてしまうから

苦しくてたまらなくなります。


ある苦しい経験をしている時にそれを

「不幸」とネーミングすればその苦しみは

実際の大きさよりも大きくなります。


「不幸」という名前を付ける前に

その経験を徹底的に経験すると

その苦しみは消えていきます。

驚くことにあなたはその苦しみの中でも

生を楽しむことさえできるのです。


実際、最後の数か月は必死だったものの

がんの5年間の闘病生活で私たちは

いつも何かのジョークで笑っていました。


今この瞬間に入ってきたものを

あるがままに経験すること

起きることはすべて起こるべくして起こること。


それを教えてくれた夫が私にとっては

この人生で最高の師なのかも知れません。

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今日もお読みいただきありがとうございます。
m(__)m

追記:P様コメントありがとうございます。
のちほどメールさせていただきますね♪







posted by おとめ at 16:34 | Comment(15) | TrackBack(0) | 苦しみについて