2017年04月15日

三年目

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三年目の命日〜

愛用していたカップに質素な花を活け

今年もオルゴールを鳴らした。


さてこれから何かが始まるようだけど

何かは私にもはっきりわからない。


ただ書いていきたいという思いだけ

今起こっている。これまではほんの小手調べ

この機会に深く感謝。。。。。


三年間の悲しみは私から何かを取り去った。

そのおかげで人の目が気にならなくなり

仕事への情熱や、何かを成し遂げようとする心や

何か希望を持つことや、期待すること。

すべてが無くなっている。


一見ゼツボー的な状態のようで、自分のどこかも

ゼツボー的だと言っているのだが、なんだか

毎日楽しくてたまらない、という変な状態。


すごくラクで嬉しくて楽しくて。からっぽで。


ただただ大いなる存在が私やすべてを動かし

何も分析せず、批判せず、あるがまま。


さて命日。。。。。

悲しみをちょっとのぞいただけで

人はそこから逃げ出そうとする。

人の悲しみであれ、自分のであれ。

だって苦しいもんね、無理もない。


悲しみ。。。それは底なし沼

出ようともがくほど深みにはまる。


でももがかず、そこに飛び込み

悲しみとただただ一つになり

思い切り悲しみ嘆かなくてはならないんだ。

それこそが生まれてきた理由。

気丈にふるまう必要などないし。


ただし、悲しみの成分を思い知らないと。

それはあなたが見たくないもので一杯。


「寂しいから」「一人にされたから」

「生活できないから」「優しかった(私に)」

「つまらない私を何かにしてくれた」

「私の孤独を慰めてくれた」「料理してくれた」

「いつもどこかへ連れて行ってくれた」

「あの子は私の唯一の希望だった」などなどあるけど

そこにある「自分」「我」という成分が

人は誰でも見たくないもの。


そして「何もしてやれなかった」これさえもだ。

何故なら何もしてやれなかった「自分」だから。

それを正当化する心がどこかにあるからだ。


すべて「自分」でできている。

でもだからって自分を責めたりしない。

ただ勇気を出して見つめる、それだけ。

何も考えずただ悲しむだけ。


それは時として残酷でとても辛い作業。

でも見つめなければあなたは救われない。


それは「愛」ではなかった。

涙を流しながらとことん気づく。


あなたの悲しみはあなただけの宝物。

あなたと亡くなった人は一つなんだ。


ぎりぎりまで悲しんだあなたは

そのうちにエネルギーで一杯になる。

そして本当の愛を知ることになる。


どこへも行っていない。行きようがない。

だって元々一つなんだから。


どこにも行っていない。今ここにいる。

あなたは私であり、すべて。。。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。



たくさんのアクセスありがとうございます。

読んで下さり感謝で一杯です。

posted by おとめ at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2015年05月24日

ゴールデンウィークの涙


散った八重桜


地方に嫁いでいる妹が送ってくれた。



この散った花びらの数と


今まで私が毎日流した涙の数と


どっちが多いかな〜なんて考えた。



最近グリーフケアの会に入会して


同じように伴侶を失った人たちと交流している。



みんな口々に「ゴールデンウイークが辛い」


「どうやって乗り切ろうか」と言っていた。



電車の中でカップル、特に長生きの老夫婦を見ると


すごくむかつく、という人さえいた。



その気持ちはよ〜くわかる。



私も夫と共に水入らずでこんな桜を見られる妹が


羨ましくないといったらウソになる。


でも。。。嫉妬するのは間違いだ、


と私の理性が言う。



私だって夫と水入らずで桜を何度も見た。


何度も、何度も。


その時は命が、時が永遠に思えた。


まさか別れがこんなに早く来るとは思わなかった。



夫がガンになってさえ、相当あぶなくなってからも


夫は死なず、必ず治ると信じていた。


どこまでもノーテンキな私だった。



だから妹にはわかってほしい。


この美しい瞬間が この水入らずの時が


いつか八重桜のようにはかなく散るということを。



愛がある限り二人で過ごすその一瞬一瞬が


どれほどかけがえの無いものか


私より早く気づいてくれるといいな〜


と思った。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


今更ゴールデンウイークの出来事なんて間が抜けてますが。。。


文章をちゃんとまとめる気力がまだ十分無いため


アップするのが大幅に遅れています。申し訳ありません。




posted by おとめ at 21:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2015年04月04日

ヒヤシンス

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今年はヒヤシンスでお花見



家中がヒヤシンスの香りで一杯になった。


ほんとうに市販の芳香剤が


いかに人工的かわかる(使ってるけど)



天国の花園にいるような香り。。。


目を閉じると 夫と手をつないで


秘密の花園を散歩しているようだ。



近所のSさんがお花見に行こうよと


誘ってくれたけどどうしても行かれなかった。



最後の入院の時 もう歩けなくなっていた夫を


ようやくタクシーにのせ


その時窓から見た散り始めの桜。。。



夫は苦しそうに息をしていた。


桜を見るどころではなかった。


あんなにお花見が好きだった夫が。



それなのに私は


「とうとう最後のお花見できなかったな〜」


なんて自分の事ばかり考えていた。



あの時の絶望的な気持ちと


自分を責める気持ちが


桜を見るとよみがえってきてしまう。



せっかくヒヤシンスの天国にいるのだから。



だから丁重にお断りした。


Sさんは快くわかってくれた。


「あら、じゃあこんど〇〇でカレーでも食べようね」



嬉しかった。



人恋しくて人に会いたくて仕方ないのに


どうしても行かれなかったお花見。



きっともう一生お花見はできないと思う。


。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m
posted by おとめ at 13:28 | Comment(8) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2014年06月22日

あとからあとから窓ガラスをつたって落ちる雨

それをあきずに眺める空太

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「ねえ〜これって毎日ママの顔を流れてるもんと同じだよね」



よくもまあ涙って枯れないもんだ。


夫が入院していた時は

病院ではニコニコして

家に入ったとたん思い切り泣いた。

退院して家にいる時はトイレや風呂場で

こそこそと泣いた。


亡くなってから友人や家族がそばにいると

泣くのを我慢するのは辛かった。

一人になりたくないのに

一人になって思い切り泣きたかった。


そういえば猫の涙って見たことがない。

目の具合が悪くて涙や目ヤニがでることはあるが

猫が悲しくてしくしく泣いていたらびっくりするだろう。

犬は悲しいとき悲しそうな声で鳴くが

猫が悲しんでいる時はただうずくまって

じっとしているだけかも知れない。

そんな風に 猫みたいにただじっと

悲しみに浸れたらどんなにいいだろう。


その意味で涙って人間だけの特権かも。

あるいは悲しみに涙を流す動物もいるのかもしれない。

私が知らないだけかもしれない。


知っているのはただ

涙は心のシャワーだということだけ。

泣いたあとはとてもさっぱりする。

悲しみがほんの少しだけ軽くなる気がする。

たとえ束の間であっても。


「いつまでも泣いてちゃいけませんよ」

「成仏できませんよ」

と言う人がいる。

長年の伴侶や我が子の死や

心から愛した人が亡くなってしまい

どうにもこうにももう会えないという絶望

生きながら八つ裂きにされるような

そんな経験の無い幸せな人の言葉だ。


でも泣いたあとはいつも主人にあやまってしまう。

「また泣いちゃった、ごめんね」


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m



posted by おとめ at 10:19 | Comment(4) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2014年06月17日

オルゴールの音色

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一日で一番朝が好きだったのに

今は大嫌いだ。

寝ている間は忘れているが

朝目覚めると夫がいない事に気づく。

どうして?どうしていないの?


私がしくしく泣いていると

それを慰めるかのように

天国の夫から毎日プレゼントがとどく。

これもその一つ

夫の机の隅っこで埃をかむっていた。

いつか何気なく買った小さな小さなオルゴール。。。

曲名は「コンドルは飛んでいく」

きっと二人でその辺に買い物へ行ったとき

露店か何かで手に入れたのだろう。

安い物だったと思う。

あの頃はそんなたあいも無いものを良く買ったっけ。


すっかりその存在を忘れていたが

夫の机のそばで涙を流していると

「これを見て」と言われたような気がした。


カトリックの夫はお線香が苦手だった。

煙りとか匂いがイヤだと言っていた。

私は良い香りだと思うのだが。。。

そのかわり このオルゴールを

亡くなった母親や父親の誕生日に鳴らしていた。

まるで祈りを捧げるように。。。

最後のエンディングのところで

ハンドルを回すスピードをゆっくりにするのが

夫のやり方だった。


今は私がそれを鳴らす

お花やワインをあげるたびに。。。

すると ほんの一瞬

夫がそばにいるのを感じる。

夫が微笑んでいるような気がする。


私というこの体が無くなったとき

誰がこのオルゴールを鳴らすのだろう。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございました。m(__)m




posted by おとめ at 06:51 | Comment(4) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2013年12月23日

イブのイブのイブのため息

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もう何十年もうちにあるアンティークのキリスト像。

ペルーの義弟が昔プレゼントしてくれたものだ。

マグダラのマリアと使徒達だろうか。。。

聖書に詳しくない私には未だにわからない。

神学校卒の夫もわからないのだからどうしようもない(笑)

どなたかわかる方がいらしたら教えて下さい。

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イエスの像の両脇に飾っている絵

これは友人の画家が描いたもので

「スープを飲む人々」

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こちらは「音楽」というタイトルがついている。

2000年にあちらへ行ったとき買って、大のお気に入り。

今日はクリスマスイブのそのまたイブ。。。いつもならせっせと掃除して

とっくにクリスマスの飾り付けをしているのだが

今年はまだ何も。。。



というのも夫が抗がん剤の副作用でこのところ体調がすぐれないのだ。

一時は落ち着いているように見えていたのだけれど。。。

普通投与されてから2週間で大体少しづつ回復するのに

今回はまだ吐き気や食欲不振、全身のだるさがとれない。


この治しているんだか殺しているんだかわからない

抗がん剤というものがなんだかな〜。

でも断る勇気も無い。

大方の人がそうでは無いだろうか。


一方で食事療法だけで治せるとも思っていない。

けれども食事療法の大切さは今まで読んだ本で

もう暗記できるくらい骨身に沁みている。

あわよくば双方の助けをかりてなんとか。。。という

調子の良い希望ではある。


昔オノヨーコさんは自らの立体?イベント個展で

はしごを昇って昇って行き着くと、そこに「yes」と書いてある

そんな作品を置いていてそれを見たジョン・レノンが

ヨーコにぞっこんになったという話があるが

今の私達ははしごを昇っても昇っても「yes」に

行き着かない状態でそのうち息切れで倒れませんように。

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あどけない幼子イエスの飾り物は今年も出した。

見ているとなんだか心が安らぐ。

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僕もだよ〜とすぐしゃしゃり出る空太


今月の始めごろはまだ

夫の具合が良さそうに見えたので

またピアノの復活とかノーテンキに考えていたし、

お正月の押絵作品作りなども進めていたのだが

それもなんだか雲行きが怪しくなってきた。

まあなりゆきまかせていくしかないので。

人知れずのあらゆる努力はしますけれど。

我がアダムの体調不良を代わってやりたいと

めずらしくため息をつく

イブ(おとめ)なのでした〜。

ご心配ばかりおかけします〜。
posted by おとめ at 22:09 | Comment(0) | 悲しみについて