2017年04月23日

ビジネス

↓お墓参りに行ったらいたよ〜

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何かを売るという行為は物品に限らない。。。。

肉や魚や野菜を売ることに何も問題はないし

それは必要なことでしょう。


けれどもその他に特殊なビジネスがある。


売るということは営利が目当てということだ。

どんな綺麗ごとを言っても見えてしまう。


「あなたを幸せにしてあげよう」と言いながら

片手で優しくあなたの肩をたたいて

もう片方の手のひらを上に向けて

「ちょ〜だい」と言っている。


何故なら「私」はそのお金がいるから

何故なら「私」はそれで食べていくから

あなたの悩み、苦しみ、悲しみより

「私」の生活の方が大事だから。。。


あなたは「今」をこばみ

欠点だらけの自分を何とかしようと思う。

またはみじめだった人生を変えようとする。


私だって「何か」になれるに違いない。

今のパッとしない仕事なんておさらばだ。。。。

今の苦しみともさよならだ。。。。。


あの「師」や「先生」みたいになりたいと思い

ますます今いるこの現在の環境が嫌になる。

そして「今」から抜け出してしまう。


クリシュナムルティは動物や花と会話したり

自分のヒーリングやサイキック能力は

ひたすら隠した。死後に甥っ子がすべてを

ばらしちゃうまで。。。。。


彼はひたすら「何でもない人」

になろうとしたのかも知れない。

それこそが私たちができないこと。


人は常に「何か」になろうとする。

今とは違う何か、特別な何か。。。

自分が無価値であることを恐れる。


時として本当の事はあからさまに見えない。

普通の主婦が真理を語り、年寄りが指さし

子供がそのサクランボのような口から漏らす

彼らはあなたのすぐそばにいる。


真実は新緑の輝く葉の一枚にある

山の稜線にもあるし、雨の一滴にもある。

陽の当たった野良ネコの背中にも。

ほら、あそこにも、ここにも。。。。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たくさんのアクセスありがとうございます。

読んで下さり感謝で一杯です




posted by おとめ at 15:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2014年10月17日

やっと八百屋で買い物できた。

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真っ赤なトマト250円!今年の食べ収めだね。



夫と結婚して以来30年以上住み続けたこの町に

たった一軒、今も変わらず営業している

激安の八百屋がある。


夫婦二人で働いていたので、

夕方は忙しく、とりあえず私が先に買い物へ。


スーパーを回って、荷物が一杯になった頃

この激安八百屋で私が品定めしていると

一仕事終えた夫が必ず来てくれた。


特にこの十年ほどは難病もちの私を気遣って

荷物を持とうと八百屋の店先でじっと待っていた主人。


その姿が忘れられずずっとこの八百屋へは行かれなかった。

同様にしてSスーパーへも。


葬儀のあと妹がしばらくいてくれた時は

普通に行かれたはずだったが。。。

妹が帰ってしまった後はまるでダメだったのだ。


店の前でじっと待っていたのは

主人はまるで料理のことはわからず

一緒に買い物するとかえって私が混乱するだろう、と

そこまで考えてくれていたためだった。


その点では私はとてもめぐまれていたと思う。

なまじっか料理ができたり、味にうるさい夫だと

一緒に買い物するのはさぞかし大変だろう。


この八百屋には鬼瓦のような顔をした

面白いおじさんがいて、夫はその人のことを

「フランキー」とあだ名をつけていた。


フランケンシュタインのことだ(笑)

もちろん親しみがこもっていた。


閉店まぎわに行くと

「おねえさん、ニラ5束100円でいいよ」とか


「お母さん、もう持っててよ。200円!」

と大きなスイカを指差したり。。。


その時々でおねえさんとかお母さんとか呼ばれて

ちょっと複雑な気分なのだが。。。(笑)


夫亡き後、半年にしてやっと思い切って

この八百屋へ行った。


フランキーは相変わらずだった。
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青ねぎ三束100円!


久しぶりに青物食べた〜。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m







posted by おとめ at 19:59 | Comment(6) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2014年10月15日

赤い糸

台風がきて爽やかになったのも束の間

今日はわびしい秋雨の日


ただぼんやりとしているのも惨めなので

ご無沙汰している作品作りにとりかかった。

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ずっとやる気が起きなかったが

(てか、必死に働かなきゃいけない状態なのに。)



お金にならない小物はずっとやらなかったが

やはり本当に作りたいものはこうしたものだ。


不思議なもので無心に針を動かしていると

とても心が安らぐ。


時折かつてを思い出して涙が流れるが

できあがる楽しみに引かれて作るうちに

可愛い巾着ができた。


モノを作ったり、何か好きなことに没頭していると

アルファ波が出て一種の瞑想状態になるそうだ。


TVを見ながらとか、ではなく

真に没頭する。


周りの音が聞こえなくなる状態。。。というのか。


この状態を経験するとやみつきになる。


物づくりをする人はみんなわかっていると思う。


編み物や絵を描いたり、瞑想はもちろん

ガーデニングや工作など、とにかく没頭できるもの。


ジグソーパズルなんかもいいかもね。

サッカーや野球などのスポーツ観戦


あるいはひょっとしたらパチンコもそうじゃないかな。


私も夫もやったことないけど。


あれも周りの音とか聞こえなくなりそう。

じゃなかったらあんなやかましいところに

何時間もいられないと思う。


何かに集中する事。。。


悲しみを束の間遠ざけてくれる。


それにしても


赤い糸。。。いまどこにあるのだろう。

私たちの赤い糸は。。。


この世にあって伴侶が見つからない人は

あの世で片方が見守っている場合があるそうだ。


前世では夫婦であったが

「あなたはもう十分勉強したからね。

私はまだまだだから今度は私だけ生まれて

いっちょ修行してくるよ。

あなたはゆっくり休んでて」

てな具合らしい。


あの世に電話でもできたらいいのに。


そしたら「私たちの赤い糸はどうなったの?」

て聞けるのに。


そんなとりとめの無い事を考えた一日だった。

夫がほほえんでる気がした。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m



posted by おとめ at 17:10 | Comment(2) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2014年06月02日

空で待っていてね♪

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手作りの花の十字架をお棺に飾りました


最愛の夫が4月15日に逝去いたしました。

これまで応援してくださった皆様に心からお礼申し上げます。

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夫が生前よく歌っていた歌

南米のボレロで 日本で言えば

演歌のようなもの

まだ体が動くうちは

よく皿洗いをしながら歌ってくれた。

そのうちの一曲が今妙に胸に迫る。

他の曲も一杯あったのだけれど。。。。。。。



「空で待っていてね」

愛する人よ 私を空で待っていてね もしあなたが先に逝くなら

私もすぐにあなたがいる所へ行くでしょう

愛する人よ 私を空で待っていてね もしあなたが先に逝くなら

私を空で待っていてね 新しい暮らしを始めるために

私達の愛はこんなにこんなに大きくて 決しておわることはないのに

人生は愛の暮らしにはこんなに短い

だからお願い 空で待っていてね

そこで綿雲にくるまれて 私達の巣を作りましょう

私達の愛はこんなにこんなに大きくて 決して終わることはないのに

人生は愛の暮らしには こんなに短い

だから お願い 空で待っていてね

だから お願い 空で待っていてね

そこで 綿雲にくるまれて 私達の巣をつくりましょう

空で待っていてね

原題:esperame in el cielo(空で待っていてね)
おとめ訳

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演奏をお聴きになりたい方へ:


今は苦痛の無いやすらかな世界で

ゆっくりと休んでいる夫。。。

その存在を毎日そばに感じています。

ありがとうございました。
posted by おとめ at 12:00 | そのまんまの日々

2014年03月07日

とりあえず春だね〜

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いつの間にか日差しが春めいてきたのに

全く気づかず 

くーちゃんに教えてもらった。

そうか。。。もう雛祭りも

とうに終わったんだね。。。

。。。。。。。。。。



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先月は大雪のさなかも 毎日毎日

夫の入院する病院へ通っていた。

パンドラの匣の底でついに私達が見つけたもの

それは「ラジオ焼灼」という治療法だった。

ラジオ波でがん腫瘍そのものを焼いてしまう。

比較的歴史は浅い治療法だ。

抗がん剤に比べて

体への負担が少なく短時間で済む。

3〜4cmのがんならものの20分で

消えてしまうそうだ。

再発の可能性もあるが

そうなったら小さいうちに繰り返し行える

という夢のような治療。

だが夫の場合癌が大きくて数も多く

病院を見つけるのは困難を極めた。

しかし!

数が多くても、がんが大きくてもやってくれる

経験豊富なラジオ波の先生を

やっとの思いで見つけ出し

診察にこぎつけることができた。

以前の医者は夫に言わせると

「まるで熱いポテトを手から落とすように」

二つ返事で紹介状を書いてくれた。

新しい病院へドキドキしながら行った。

治療は可能と言われた。

その言葉を聴いた瞬間

崖から落ちた体を

天使がハッシと受け止めてくれたような

なんともいえない気持ちだった。

肝臓がちゃんと機能していることと

肝臓以外に転移が無いことが

第一条件でそれはクリアしていた。

しかし希望の妖精は気まぐれだった。

手術の日も決まりいよいよ明日ラジオ波。。。

というところで夫が原因不明の高熱を出した。

感染の疑いがあるということで

あらゆる手を尽くして調べていただいたが

2週間の入院でわかったことは

やはりがんからの熱ということだった。

高熱がある場合ラジオ波はできない。

白血球も異常に増殖していた。

「もっとがんが小さい時に来てくれれば

簡単だったのにねえ」

と先生は残念そうだった。

以前の病院で再三ラジオ波について尋ねたが

「できない」の一点張りだった。

そしてただただ抗がん剤を打たれた。

とりあえず肝動注といって

抗がん剤を直接がんにカテーテルで注入する

という治療法をやってみることになった。

点滴で抗がん剤を入れるよりも副作用は少ない。

これである程度がんが小さくなり

熱もおさまってくれば

ラジオ波も可能性が無いわけでは無いと

先生は言ってくださった。

こんなに色々な治療法があったにもかかわらず

以前の医者は他の可能性を全く無視していた。

けれども医者ばかりを責められるのだろうか。

私がもっとあの時必死で調べていたら。。。

と悔しくてたまらない。

その後お陰さまで退院し 現在は

ステロイドと麻薬で痛みと熱を鎮めている。

度重なる辛い治療のせいか

麻薬のせいか声に力が無く 痩せて

急速に老人のような風貌になってしまった夫。

それで2月があっという間に過ぎた。

しかし悔しさはつのるばかり。

カリカリ いらいら ハラハラで

癌がこれ以上広がらないように

食事療法にも力を入れ

毎日毎日を追われていた。。。

でも。。。


「ねえママ〜


先のことや 前のことなんか

な〜〜〜〜んにも

考えなくてもいいんだよ」

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「こんなに暖かいし

ボクと居眠りでもしようよ。。。ムニャ

とりあえずパパは家にいるし

ごはんも食べているし

(ほんのちょっぴりだけど)

大丈夫だよ。。。」

posted by おとめ at 08:02 | Comment(4) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2014年01月29日

パンドラの匣の底

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大晦日のごちそう(のつもり)

夫は一口も食べられなかった(;;

夫の体調がひどく悪くて 心配しながら作ったから

今見るとなんだか寒々しいメニューだ(><)


たくさんコメントいただいていたのに

中々更新できずご迷惑をおかけしてしまった。

大変申し訳ありませんでした。


夫が暮れに激痛、吐き気で体調を崩し

大晦日にピークとなり

やむなく元旦に緊急入院した。

元旦! 

今まで生きてきてこんなの始めて。

点滴と痛み止め、吐き気止めの毎日で10日ほど。

その間 暮れにとったCTの結果が出て

がんがかなり大きくなっているとの事。

痛みもそのせいらしい。

つまり最後にやった抗がん剤がもう効かなくなっている

ということ。 耐性ができたのだろう。

別の抗がん剤をすすめられた。

しかし! 効くかどうかわからないと言う。

「先生のご家族だったらどうなさいますか?」

との私の質問に

「私の家族なら抗がん剤はやりません」

だって!さんざん人には投与しておいて!

ついでに余命宣告しようとしたので

夫には聞かせまいと あわてて話をそらし

あとでこっそり私だけ聞いた。

なんで今なの?

余命宣告なんて大きなお世話。

悪いこともしてないのに死刑宣告されるようなものだ。

知らせたらいっぺんに免疫ダウンになるだろう。

この先生 私から見たらほんの若い坊やなのだが

まるでわかっていない。

つい12月までは ご主人は抗がん剤が効く体質だから

とか、今後も同じ抗がん剤で。。。

とか言ってたその舌の根も乾かないうちに

CTでがんが逆に大きくなっているのを見て

抗がん剤が効かなくなったとたん余命宣告?

それってただの責任逃れじゃないの?

と医師への不信感がモリモリ。

それから。。。やはり人並みのショックは受けた。

病院ではニコニコして

家に帰ると思い切り泣いた三が日だった。

普段はあまり泣かないが

泣くととことん派手な私(笑)

身も世もなく 一人で

泣いて泣いて見えてきたこと:

夫の場合肝臓に転移した時点で

難しい癌だったし

余命はあって無いようなものだったから

そんなもの何を今更だい!


あれから3年も4年も生きてるじゃないか。

余命宣告ほどいい加減なものは無い。

と毎日自分に言い聞かせるようになった。

末期でも余命宣告されても治った人は
この世にゴマンといるのだ。

夫は大家族で兄弟・その配偶者はもちろん

TIO(スペイン語で伯父さんの意味)を心から慕う

甥っ子姪っ子が何人もいる。

その子たちの涙は見たくない。

簡単に死なせるわけにはいかないのだ。

ええ、いきませんとも!

さらなる抗がん剤なんて

今の夫の体力じゃとても無理だ。

それよりも別の治療を夫が入院中に必死で探した。

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病院食を全く受け付けなかったので

毎日食べ物を持参した。

写真は玄米粉(リブレフラワー)で作ったパンケーキや

野菜のスプレッド、サラダ、アップルバターなど。

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朝食はリブレフラワー、玄米フレーク、スーパーミールの

ミックスに血管新生を阻害するベリー類や干しイチジク

などをいれたシリアル。豆乳をかけて食べる。

これがけっこうお気に入りだった。

退院後 家での食事療法も強化。
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プロテインは豆や大豆中心で。

幸い、まだなんとか食事は自力でできる。

毎日文献を読みあさっている。

尊敬するキャンベル教授の「The China Study」も読み返した。
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これは今更ながら大感銘を受けた。
全国の癌治療中の患者や医師が読むべきじゃないだろうか。
(和訳も出ています。「葬られた第二のマクガバンレポート」)

シュレベールさんの「癌に効く生活」はもちろん

アンドルー・ワイル先生の「自然療法」関係や
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キャンベル教授のお仲間の先生方である

エセルスティン博士やマクドゥーガル先生指導の

美味しいメニューが一杯のレシピ本(左)

橋本豪先生のメニュー入りの著作などは

大いに参考になった。

東城百合子先生の古典的名著作も。

そんなこんなを読んでいると

やはり済陽先生の療法では甘かったかもと感じた。

乳製品、鶏肉、魚をたまに食べていたが

キャンベル教授の「プラントベースの食事」や

橋本先生の「玄米菜食」にもっと近づくよう

がんばろうと思っている。

シュレベールさんも乳製品はやめて

完全な「プラントベース」の食事だったなら

今回の再発もなかったのではないだろうか。


「やっぱり体には納豆だね〜〜」

「大豆はダイズ(大事)よ〜〜〜」

などとなだめすかして食べさせたり。

私の尋常でない迫力に

夫も何かを感じたのか案外素直に食べている。

弱麻薬入りの強い痛み止めもなかなか効かず

東城先生の本を参考にびわの葉の生葉湿布や

しょうがの温湿布をしている。

そのおかげでだいぶ楽になった。

幸いヨーロッパ在住の夫の妹が

ホメオパシーの専門家と仲良しなので

さっそく抗がん剤の毒を消すレメディを

送ってくれた。

それになんと偶然なことに

私がいつも読んでいた

シュレベールの英語版も送ってきた。
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この妹の旦那はスペイン人で医師なのだが

上に書いたように「私の家族だったらやらない」

と主治医が言った言葉に激しく怒ったそうだ。

「He is an animal!」 と。

ひんぱんにユーモア溢れるメールをくれる友人や

私の妹や家族も皆エールを送ってくれる。

ネットでお近づきになった方々からも

貴重なアドバイスをいただいたり

情報を参考にさせてただいたりしている。

とてもありがたくて皆様に感謝で一杯だ。

これだけ力が集まれば百人力!

せめて痛みだけでもとれますようにと

日々祈る毎日だった。

ネットで日夜検索につぐ検索、 

毎日のように図書館へ 読んだ本は数知れず
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そしてついに見つけた! 抗がん剤ではない


別の治療法を!


すっかりカラになったと思ったパンドラの匣。。。

ちゃんと「希望の妖精」がいてくれたのだ。

来月早々この治療の為に入院

(もちろん別の病院) 

完治はできないまでも

少なくとも今の苦しみからは解放されるだろうと

大いに期待している。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
お読みいただきありがとうございます。
色々ご心配をおかけいたしております。

なんだか闘病記のようなブログになってしまいましたが
今癌と戦っている皆様と共に
力の限りがんばって行きたいと思っております。

posted by おとめ at 14:30 | Comment(5) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2013年12月16日

まんざらでもないじゃないか!

今日はまたまた私の定期検査の日

病院へ行く日は朝から忙しい

それにゆううつだ〜

まずシャワーに入って 身支度をする。

つぎに夫の朝食作り。

とりあえず今朝はジュース作りは無し

市販のを飲んでもらう事にした。

夫はまだまだ寝ているだろう。

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空太の毛むくじゃらをとかしつけてから
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ロン毛猫はクシ入れが欠かせない。

空太はこれが大好き♪

二匹に餌をやり トイレを片付けて

仕事関係のメールチェックをし、外に出る。

始めはふくれた子供のように

ポケットに手をつっこみ、嫌々ながら歩いていた。

バス停までは少し距離があるが

お天気が良くて、思ったより気持ちが良かった。

。。。。。。。。。ん?どこからか良い匂いが。。。

あ!

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「おお!綺麗なストックが咲いているじゃないか!」

思わず今はまっている「京極夏彦」のミステリー

に出てくる探偵榎木津礼ニ郎みたいな口調で

つぶやいてしまった。

(読んだ事無い方はちんぷんかんぷんよね、ごめんなさい。)

少し気持ちが明るくなった。

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バス停の前の並木道が好きだ。

夏は緑陰が格別なのだが

冬の木もなかなか風情がある。。。

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今日は別ブログで仲良くしてもらっている

夢見ちゃん作のバッグを持ってきた。

沢山入るし可愛いしお気に入りだ。

なんとなく気分がほぐれる。

バスが来た。
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病院へ行くときはいつも窓ぎわに座って眺める。

これはおばあちゃんがやっているケーキ屋さん。

梨のタルトが素晴らしい味なのだ。

江戸川橋、椿山荘、鬼子母神。。。

このあたりの景色はなかなか楽しめる

。。。目白、学習院を通り過ぎてやっと着いた。

バスを降りると。。。

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「おお!銀杏が綺麗じゃないか!」

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病院と名のつくものは嫌いだがこの病院の建物は

なんとなく好きだ。

カトリック系の病院でいろんな国の人達がやってくる。

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「おお!なんとクリスマスツリーじゃないか!」(大げさ)

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飾ってあったキルト。。。ノーマン・ロックウェルの絵の柄に

細かくキルティングしてあった。

さていよいよ検査、まずはエコーから。

苦痛なんてないけど、冷た〜いジェルを塗られて

あちこちを硬い器具でさぐられる嫌な検査だ。

でも今日は女性の技師さんだったので

なんとなく安心感があった。

男性がやるとぐりぐりと痛いのだ。

次はCT。。。これは気持ちワルイ

造影剤を注射したとたん体中がもわ〜〜〜と

熱くなるのだ。でもすぐに終わった。

こんなもの夫の抗がん剤から見たら

「へのかっぱじゃないか!バカオロカ!」

またまた礼ニ郎登場。

あ〜やれやれ。

帰りは病院内の教会へ。

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最近モダンに建て直したようだ。 ところが

以前はあった聖水鉢がどこにも見当たらなかった。

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仕方なくそのまま礼拝堂へ。。。

シスターが一人静かにお祈りしていた。

私もそっと座って手を組み合わせた。

色んな事をお祈りしてしまった。

「自分がもっと人の役に立つ人間になるように」とか

「大きな愛をお与え下さい」なんて

自分らしくも無い事をいろいろ。。。

もちろん病気回復祈願もしましたよ〜♪

さて、帰るかな〜

ふと見ると教会の庭に。。。

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「おお!山茶花じゃないか!!」

あでやかな色が朝日にきらきら輝いている。

今日一番の見っけモノだ。

♪さざんか さざんか 咲いたみち〜〜

てなこと小声で歌いながら帰路についた。

まあ、検査日もまんざらでもなかったわけだね。。。
posted by おとめ at 21:59 | Comment(8) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2013年12月01日

抜ける

今日は自分の定期検査の日だった。

いつも前日になると まるで

刑の執行を待つ罪人のような心境になる。

作品の展示会も今日で終わりだ。

とうとう行かれなかった。

心のトンネルは黒い煙でいっぱい。

もやもやしたまま血を採られた。

結果は。。。まあまあだった。

少しづつ進行はしているが

今すぐどうこうという事はないだろう。

若い医師の顔が妙にツルツルと綺麗に見える。

ほっとして病院を出る。

出るといつも空を仰ぐ。

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抜けた。

トンネルの外は冬の光があふれていた。

ありがとう。。。


posted by おとめ at 02:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2013年05月09日

休日と時間泥棒

子供の日に
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鬼子母神手作り市

朝から「行こう!」

「いや止めとこう」

「やっぱり行こう」

とつぶやいていた私。

毎日毎日時間に追われている。

今年のGWもどこも行かずか。。。と

あきらめていた。

エンデの書いたモモに出てくる人達みたいに

時間泥棒が私にもとりついているみたいだ。

「行こう!」

意を決して11時少し前に家を出た。

本当は近所のお友達と来たかったんだけど

何しろ時間が無い。

一人でトンボ帰りするしかない。

買い物に30分として

お昼は1時過ぎだから12時頃帰れば間に合う。

そう決めた。

鬼子母神は家からバスで10分くらい。

急げ、急げ

バスを待つのももどかしい。

何しろ時間が無い。

目指す店はお団子屋さんの前にあった。

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手作りのボタン屋さんだ。

私は古布の服にここのボタンしか使わない。

手で削った木の味わいがなんともいえないのだ。

作家さんのかわりにお妹さんと

もう一人の女性が接客されていた。

とても感じが良かったので

楽しくおしゃべりしながらあれこれ(急いで)選ぶ。

何しろ時間が無い。

本当は他の店もゆっくり見たかった。
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こんな懐かしい感じのお店も

屋台も出ていて 子供みたいに

アンズ飴が食べたかった〜 が

何しろ時間が無い。

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参拝を済ませてから

(あっ!買い物の前にするべきだった)

後ろ髪をひかれつつ30分ほどで出る。

久しぶりに好きな買い物をしたせいか

ぼ〜っとしてとんでもない道に迷ってしまった。

東京のど真ん中に住んでいる私が

道を尋ねて歩いた。

このあたりはうねうねとしていて

風変わりな店やカフェ

いつかペルーで見たような

瀟洒なスペイン風の家など

思わず見とれてしまうものが多過ぎる。
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気づいたらバス停を一つ通り越していた。

予定時間を30分も過ぎている。

ジュースを作る時間はあるだろうか。

心配になる。

何しろ時間が無い。

今日は服を一枚仕上げて 明日からは

車部品の翻訳もとりかからなくては。

そういえば

夫の具合がこのところあまり良くない。

前回の抗がん剤があまり効かなかったし

痛みもあちこちあるようだ。

得意のジョークもあまり出なくなった。

今日はニンジンを3本にしようか。

メニューはええと。。。残り物もあるし

などと頭はフル回転。

5月の日差しで頬がじりじりする

急いで出たので日傘を忘れた。

何しろ時間が無い。

また一つシミが増えるな〜

なんて考えながら家に。

帰ると夫はまだベッドの中。

夜は体調の悪い関係でどうしても不眠なので

昼はほとんど寝ている。

下で私がガオ〜〜〜〜〜っと

ジューサーの音を響かせるとやっと起きてくる

という毎日が続いている。

にぶい私もこの頃は時折考えることが多くなった。

バカボンの歌なんか歌ってる場合じゃないかも。

なんで私はこうノー天気なんだろう。

とつくづく反省しながら

料理を始めた。
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愛用の蜂蜜

左はトスカーナのミルフローリ(100種の花やハーブ)

右はマヌカハニー

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スイスの義妹が送ってくれた

プロポリス入りハニー

左のはハーブソルトで超微粒子

どうしても塩分が欲しいときにそっとかける

とりあえずハチミツをたっぷりと入れて

レモン、りんご、ニンジンで

ジュースができた。

ほっとする。

何を作ったか覚えてないが ともかく

急いで昼食を作った。

この頃メニューがマンネリで反省。

昼食後はクタクタになってしまった。

ちょっと忙しいとすぐこうなる。

PLT値がだいぶ低いせいだろう。

普段は自分の病気の事は忘れているので

つい色々やり過ぎてしまう。

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戦利品。

ほれぼれするような木の味わい。

袋も駄菓子屋さんのみたいで可愛い。

これをゆっくり眺めたのは

三日もたってから。

つまり、つい昨日の事だった。

モモのように

時間をコントロールする「時の花」に

会いたい〜♪

けれども大好きなものが手に入って

束の間ではあれ

やっぱり幸せを感じた。

何しろ時間が無いが

時間泥棒よ 私にも

こんな安らぐ時間はあったのよ。

私の勝ち!
















posted by おとめ at 08:09 | Comment(12) | そのまんまの日々

2013年05月06日

これでいいのだ〜

♪これでいいのだ〜 これでいいのだ〜

ボンボンバカボン バカボンボン

天才一家だ〜バ〜カボンボン♪

な〜んて歌いながら朝5時から

ニンジン洗いです〜。
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ハンパな量じゃありませんて。

馬飼ってるの?って言わないでね。これで一日分。

しかしこのジュースは効く!

抗がん剤の副作用もだいぶやわらぐんです。

がん治療も4年目に入りその間紆余曲折

転移したり放射線治療したり抗がん剤も

数え切れないくらい。

始めは初期のガンということで

の〜んびりしていましたが

リンパへの転移はまあ抑えたものの

肝臓に転移したときはこりゃヤバイと思いました。

で、食事療法に。

いろんな食事療法の本を読みました。

30〜40冊くらいかな〜。

ブリストル病院のとかゲルソンのとか

フランスの医師の書いたものとか。。。

中でも日本の済陽高穂先生の本が一番

なんというかわかりやすいし、実績がきちんと

書いてある事もあって今はこれを基本にしています。

なんといってもあの済陽先生の大黒様みたいなお顔!

あれで私は100%信じちゃったんです(笑)

まあ直感ですが。この人なら〜という感じ。

相変わらず四足の肉、脂、油、塩、砂糖(はちみつのみ)

乳製品、体長の大きい魚などは控えているので

メニュー作りに苦労します。

今日のお昼ご飯↓
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夫はあちら風に一皿盛りが好きなので助かるな〜♪

メニュー:

玄米ごはん、薄味の煮もの(ゆば、根コンブ、大根、

しめじ)有機ミックスベジタブル、カイワレとピーマン、

ゆで玉子、カブの甘酢漬け、ペルー風マッシュポテト

くるみ、フルーツなどなど。(私だけお味噌汁)

和食はいいですね〜。味がほとんどないけど(笑)

一食の調理に一時間半はかかります。

ご自身も難病なのにご主人の治療や世話まで大変ね〜

なんて言われるけれど なんのなんの

これしきの事。

古布だの縮緬だのと優雅なことをやって

のほほんとしているように見えるかも知れないけど

これまでの人生 この私だって

人並みの苦労はしてきたつもり。

どんな苦労かは秘密。うひひ〜

でも人間 雨のかからない寝床があって

あったかいご飯があれば幸せなんです。

それ以外の事はとるに足らないこと。

小さな事で悩むのは時間の無駄。

。。。って元ノラのミミが

教えてくれたんですよ〜(笑)

こんなビンボーヒマなしを絵に描いたような

残りの人生を生きてる私ですが

これでいいのだ!

と一日のうちの束の間ではあれ

針を持てる幸せを噛みしめて

今日も一日がんばりまっす!

♪崖から落ちて怪我をした

だからガケなのだ

バカでなくてもバカなのだ

それが天才だ

ボンボンバカボンバカボンボン。。。

天才一家だバ〜カボンボン!

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございました〜。

これからも宜しくお願いします〜♪
posted by おとめ at 21:26 | Comment(4) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2013年02月14日

怪我の功名?

暮れからこっち色々あって

二人の友人が次々と

移植手術を受けました。

私と同じ病気の友人は息子さんの肝臓をもらい

一ヶ月で無事帰宅。

昔からの大親友は奥さんの腎臓をもらい

ほぼ一週間で退院しました。

今の医学のすごさをマジマジ実感。

皆がんばっています。

うちも主人が入退院を繰り返しているので

大変でしょうね、と言われますが、

良い面もあるんですよ。

今月もまた手術をしたので

主人が眠りこけていて 心細いような時は

私はベッドのそばで本を読んだり

絵を描いたりで 自分を励ましていました。

本は ずいぶん読みました〜。

治療が始まってここ3,4年の間に

大好きな伊坂幸太郎さんのミステリーは

ほぼ全作品読破。宮部みゆきさんや東野圭吾さんのも

かなり読みましたね〜。

家にいると仕事やら家事やら食事療法やらで

毎日てんてこ舞いですが、

今は完全看護で 看護士さん達が

何でもやってくれます。

ありがたい時代です。

以前はすべて家族がやったものでした。

私も父方のお婆ちゃんのオシモの世話も

手伝わされた事ありましたっけ。

なので今では病院にいると

案外手持ち無沙汰な時も。。。

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それでこんなにデザイン画がたまりました。

すべて古布作品用に描いたもの。

押絵やアップリケの下絵がほとんどです。

100枚くらいはあるかな〜。

イタズラ書きみたいのも多いけど。

これから一生創作の題材には事欠かないかもね〜。

これって怪我の功名?

ただゆっくり針を持つ時間がとれるかが問題(笑)

でもがんばって作ろっと。

今年は猫モノが多くなりそうです。

また来週から抗がん剤始まりますので

お絵かきができます(笑)

いくら日本語ペラペラの主人でも

「お返し」を「仕返し」「ひとめぼれ」を「こしひかり」

はまだしも

「どういたしまして」を「どういたしました〜」

「ごめんください」を「ごめんクサイ」

と言う人ですから 医学用語は限りなく?です。

なので間違いがあっては困りますので

まあ。。。通訳も兼ねて毎日通います。

ところで 猫さんと言えば

うちの子達の最近の様子ですが

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空太(くうた)は相変わらずのマザコン

美実(ミミ)は。。。
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もうすっかり定着したようで。

お留守番また頼むよ〜。
posted by おとめ at 07:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2011年05月05日

子供の日


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学研「昭和の子供たち」より


昭和30年代のある日

私は学校へ行く道すがら 

折りしも大流行中だった

坂本九の「上を向いて歩こう」を

小声で口ずさみながらも

心の中は不安で一杯だった。

とても寒い朝で 布の運動靴がザクザクと

霜柱を踏んでいたのを覚えているから

多分間冬だったと思う。

その頃キューバ危機というのがあって

通っていた小学校の教室でも

キューバをめぐってソ連とアメリカが

大喧嘩をして 核ミサイルが飛んできて

世界中が放射能に包まれて

みんな死んじゃうのだというウワサでもちきりだった。

木登りしたり 塀から飛び降りたり

そんなお転婆だったワリには

神経質で臆病なところもあった私は

怖くて怖くて仕方なかった。

友達の大部分や親などが

案外平気な顔をしているのを見ると

ますます不安になり、誰にも相談もせず

一人で悶々と苦しんでいた。

誰かに話せば笑われてしまいそうでもあり

わっと泣き出しそうで それも怖かった。

でも本当は力強い大人に早く気づいてもらい

しっかりと抱きしめられて

何も心配ないからね、と励まされ

思い切り泣きたかったのだ、と今は思う。

けれども親はいつも忙しく

そんなことは夢にも期待できなかった。

ストレスで頻繁に中耳炎になった。

「上を向いて歩こう」の希望に満ちた歌詞も

何だか物悲しく聞こえたのを覚えている。

翌年の62年にキューバ危機はピークを向かえ

その後いつの間にか収束した。

私は中学生になり 家も引越ししたので

辛い思いもそのうちにすっかり忘れてしまった。

けれども今にして思い出す

幼心のあの恐怖感。

半世紀たった今でも未だに心がうずく。

まして今回の大震災とそれに続く原発問題では

沢山の幼い心がどんな痛手をこうむったかと

心配で仕方がない。

どんなに心が不安で満たされていても

子供たちは遊ぶし 友達とふざけもする。

でも笑顔の底にはどれほどの苦しみがあるかは

親でもわからないことがあると思う。

かてて加えて遅々とすすまない復興の気配。

給食がパンと牛乳だけだったというニュースも

耳に新しい。

周りの大人たちはどんな小さな事でも

子供達のSOSのサインを見逃さないでほしい。

そしてひんぱんに抱きしめて

普段は無邪気な笑顔に隠れて見えない

心の底にある不安を少しでも溶かしてやってほしい。

子供の日を迎えて

ふとそんな風に思った。

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戦後の復興まもない頃の貧しい給食
をおいしそうに食べる女の子

どんな時代でも子供の無邪気さは変わらない。。。
posted by おとめ at 12:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | そのまんまの日々