2015年04月30日

一周忌の小さな奇跡

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聖イグナチオ教会



夫が亡くなって今月の15日で一周忌だった。


夫が在籍していたJ大学構内の教会で


身内だけで平日のミサに行った。



かつて二人でよく歩いた四谷の桜並木は


とっくに花が散っていてほっとした。



ミサは他の方々と一緒の合同ミサで


いつも行われていて特別なものではなかった。


それで少々後悔していた。


どうしてちゃんと神父様を頼まなかったのかと。



できなかったのだ。。。


一周忌が近づくにつれて、一年前がありありと蘇り


死に際の夫の事ばかり思い出された。



グリーフケアの集会や


スピリチュアルの勉強会などにも


かろうじて出席していたが


夜、一人になるとひたすら涙を流した。


何かを頼んだり、計画したりできる状態ではなかった。



一日のうちに気分がコロコロ変わり


安定しているな、と思うといきなり泣き崩れたりした。



いわゆる命日症候群だろうな、とは自覚があったけれど。


いざとなって実感してみると本当に辛い。



ミディアムさんには夫が元気でいること


夫と私しか知らない証拠の数々を見せていただき


いつもそばにいる事は伝えられていたが。。。



たとえどこかに魂があっても、夫の体がもうそばにない、


というのはなかなかすぐには受け入れる事はできない。


最愛の人を亡くした人ならわかってくれると思う。



遺骨をもって地球の反対側へ行って納骨をし、


いったんは癒されたかに思っていたのだが、


まだまだ道のりは長いな〜、と絶望的になった。



けれどもこんな時にこそ天国はプレゼントをくれるのだ。



ミサが始まってすぐに神父様がおっしゃった。


「今日は本日命日を迎えられる方の為のミサです」と。



え〜〜〜?ほんとに〜?知らなかった〜♪


そんなこと期待してなかった私は狂気した。


ずっと神父様をきちんと頼まなかった事で


自責の念にかられていたから、まさに奇跡のような気がした。


これで夫の魂にもきちんとお祈りしてもらえる。



よかった、よかった。


私は涙を抑えることができなかった。


ミサには以前から信徒である人たちが多かったので


神父様につづいて流暢にお祈りをとなえていた。



まるで皆が夫の為に祈ってくれてるような気がした。


私も自分なりに一生懸命祈った。



教会の広大な天井を見上げると


ステンドグラスがとても綺麗だ。



オラトリオの合唱団に入っていた頃歌った


モーツアルトのレクイエムが心の中で響いた。



祈りは光となって死者を包み込むという。



自分の為に祈るのではなく


他者の為に祈る事が自分の浄化にもつながるそうだ。



かつて何も知らなかった頃


神社に初参りなどしては無病息災だけでなく


「今年こそジャンボが当たりますように」などと


不謹慎なことを祈っていた自分が今は信じられない。



私はカトリック教徒でもなんでもないが


毎朝夫の写真の前での祈りは欠かさない。



仏壇などが無いので当初は困ったが


あちらで義妹が小ぶりの綺麗なマリア像をくれた。


十字架はあちらで買った。


(14Kの安いものだ)

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このネックレスを外出の時は身につけるが


普段は手にもってお祈りをする。


いわゆる「ロザリオの祈り」のような


本格的な祈りには及ぶべくも無くお恥ずかしいが


精神誠意、集中して祈る。



まず天の偉大な存在に呼びかけ感謝の祈りを捧げる。


そして私の祈りが夫に届きますように、と祈る。


それから夫の魂の為に祈り、沢山の愛を送る。


ついで夫に生きていた時のように話しかけて


日々の出来事を報告したりする。


そして最後にまたあちらの世界へ行った肉親の人達や


その時々によって今悩んでいる友達や


不幸に会った人々の為にも祈り


沢山の愛を送って終わる。



祈りの言葉は本当に自己流だ。


でもそれで絶対夫には通じていると思うし


神様も許して下さると信じている。



でもまだまだ勉強中だから、これから


祈りのやり方などは変わっていくかも知れない。



時には辛くて涙を流しながら祈る事もあるが


祈ったあとはすっきりとして


そのお陰で朝ごはんもなんとか食べられる。



自分のために祈っていなくても


結局は自分の為になることなんだね〜。


私には瞑想がわりのようにもなっている。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m




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2014年06月28日

草葉の陰よりも。。。愛の薔薇

夫が最後にくれた薔薇の花
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黄色は去年のクリスマス、ピンクはバレンタインデー




きっとおじいさんは草葉の陰から見守ってるよ〜

などと昔から言うが「草葉の陰」とはなんぞや?

と調べてみた。

それはつまり草の葉陰の下の

地面の中を差すらしい。

地面の中といえば「お墓」で要するに

あの世から見守っているということらしい。


でも!伝統的なお言葉を返すようですが、

私の感ではお墓には故人は常時いないと思う。

誰だってあんなところにずっと居たくないよね、ねっ?

どなたかずっとあの墓石の下にいたい方がいらしたら

お目にかかりたいです。


ただ時折お盆とかにお墓参りに来てくれる人達

その人達に会いたいために自分も(魂が)

そういう時にはお墓に来るかも知れない。

そういう意味では「待ち合わせ場所」みたいな

ものなんだと思う。

同じく仏壇もそうではないかと。。。


ところで。。。草葉と言えば

薔薇の花が一杯の季節になった。

5,6月はあちこちのローズガーデンは

さぞかし天国のように綺麗に違いない。

雨に濡れた薔薇も風情があるだろう。


夫は30数年の結婚生活の間はもちろん

デートしていた頃から欠かさず

私に薔薇の花を贈り続けてくれた。

といっても決して大げさなものでなく

その辺の花屋にある安い花束だ。

けれども精一杯の心がこもっていた。

そのかわりブランド品とかは一切

買ってくれませんでしたけど〜(笑)

私も別に欲しくなかったし。


誕生日、結婚記念日、クリスマス、バレンタイン。。。

知り合った時私が薔薇の花が好き

といったのを覚えていて生涯贈りつづけてくれた。


時々あろうことか私は結婚記念日を忘れることがあった。

そんな時玄関をピンポンする音。。。

ドアをあけると夫が薔薇の花束を持ってニコニコしている。


それをなんだか当たり前のように

若い頃は思っていた。

けれどそれってすごいことじゃない?

と年取ってから気がついた。

ラテン系の男はよく女性に花やチョコレートを贈る。

花を贈られて喜ばない女性はいない。

けれども結婚以来忘れずに贈ってくれるのは

我が夫くらいなものだろう、と。


「釣った魚に餌はやらない」というように

結婚してしまえば女房をないがしろにする男が多い。

私はなんて幸せだったのだろう。

夫のことを思い出すたびに

この枯れて色褪せた薔薇の花を見るたびに

私に対するいじらしいまでの愛情を感じる。

そしてただただ感謝の念で一杯になる。


でも、あなたは優しすぎたよ。

もうちょっと関白でもよかったのに。

私ってそんなに恐妻だったかな〜(笑)


これからはあの幸せな薔薇をくれる人はもういない。

そう思うととめどなく涙がこぼれてくる。。。。

まだまだだな〜

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m









posted by おとめ at 19:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい

2014年06月27日

神様にうけたジョーク

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夫がスクラップしていたひとコマ漫画が今日のプレゼント



夫は五ヶ国語をあやつっていたので

友達は色んな国の人が多かった。

そして独特のユーモアセンスがあって

食事会などでよく人を笑わせた。

夫のジョークはインターナショナルだった。

日本人もアメリカ人もイタリア人もみんな笑った。

家族も友人もみんな夫が大好きだった。

私にはもったいないような夫だったのだ。


故郷の家族の誕生日はすべて記憶していて

誰かの誕生日には必ず国際電話をかけた。

あるとき妹の誕生日に電話をかけて

悪い冗談を言った。

「頼まれていたブツ(麻薬)用意できましたよ」

と言ったのだ。

妹は怒って電話を切ってしまった(笑)

あるときは麻薬ディーラーではなく

ピザ屋のフリをしたりもした。


とにかく日常生活でもジョークが連発だった。

私が外出からもどってきて玄関に入り

「ただいま」。。。返事がない。

「そこにいるの?」と聞くと大きな声で

「いないよ〜」(笑)


またある日の会話。

「たしか今日は月曜日だったね」と私。

「そう。。。一日中ね」(笑)

とすべてこんな調子。


夫は「Japan Times」を長年購読していたが

そこにいつも載っているひとコマ漫画を見て

時々クスクス笑っていた。

その中で特に気に入っていたものをスクラップしたらしい。

途中までしか貼っておらず、中に記事がたくさん

挟み込んであったので、完成してあげた。

几帳面なところもあったから喜んでいるだろう。

そんな作業でけっこう癒された。


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↑ノミの会話

「そうそう、そこそこ。。。あ、もうちょっと上」

ノミがもう一匹のノミの背中を掻いている。

二匹のいる場所は。。。。?(笑)

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↑頭でっかちの息子とウイリアムテル

「パパ林檎をねらってね、林檎だよ!」

(どう見たって頭ねらっちゃうよね)


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↑「ママ〜!〇〇がまたベッドを乾かしたよ」

*注:英語で「オネショする」ことを「ベッドをぬらす」

という。これは金魚で水の中だから「乾かした」(笑)


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↑「ペットショップで」 ピラニアと猫(良く見ると義足)


他にも一杯あるけれど

とりあえずこのくらいにして。


夫はTVの笑点はいつも見ていた。

あの苦しかっただけの5年間もの闘病中にさえ

冗談やギャグを言うのを忘れなかった。

辛い抗がん剤投与の入院中にさえも。。。


明治チョコレートのロゴが入ったTシャツを見て

看護師さんが「あら、おいしそう」と言ったら

意味ありげにウインクして、ニーっと笑い

「食べる〜〜?」とせまった。

看護師さんはキャ〜っと嬉しそうに逃げていった。


私が一番好きなのは以前も書いた例のジョーク:

「奥様とはどんなご縁でご結婚なさったのですか?」

と若い看護師さんが興味しんしんに尋ねた。

「え〜っと、あれ、なんだっけササニシキ?

いや、ちがうな、こしひかり?。。。ちょっとまって

あ、あれだアキタコマチ」

看護師さん「???」

夫「え〜っと、ホラ、ひと。。。」

看護師さん「ひとめぼれ!!」(笑)

隣のベッドの人までつられて笑っていたっけ。

その場の空気をハッピーにする天才だったな。


もっともっとあった筈なのに

今はこれくらいしか思い出せない。


他にも1950年代〜60年代頃の

クラシック版「トム&ジェリー」や

猫のガーフィールドの大ファンだった。

毎年誕生日にプレゼントしていた

ガーフィールドの漫画を一冊

お棺に入れてあげた。

天国でまた読み返して笑っているだろう。


私があんまり泣いているので

天国から一生懸命ジョークを言っているかも知れない。

私にはちっとも聞こえないけれど。。。


パパ、今までたくさんのジョークをありがとう。

毎日毎日笑わせてもらって

なんて私は幸せな妻だったのだろう。

感謝の気持ちがあとからあとから湧いてくるよ。

涙もあとからあとから流れてくるけど。


闘病で言葉に尽くせないくらいの苦しみの中で

どんなに痛くても、辛くてもユーモアを忘れなかった夫。

人生の最後に夫が学んだものはそれだったのだ。

だから神様がもういいよ、と言ってくださったのだ。

神様も夫のジョークに笑っていたのかもしれない。

私もそうならなくては。

どんなに辛くても悲しくても、がんばらなくては。

私に見本を残してくれた夫を見習って。


そして早く神様にOKをもらってそばに行きたい。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございました。m(__)m
posted by おとめ at 19:04 | Comment(4) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい

2014年06月25日

サイン

まだお墓を作っていないし

仏教徒のような仏壇もないので

お骨は狭いマンションの一角に安置している。

私はその隣に座ってお酒を飲む。

もちろんパパと一緒に。


本当は飲んではいけないのだが

長年私達夫婦を診てくれていたドクターが

夫の悲報を知り 気持ちを察してか

「飲みすぎなければいいよ」と言ってくれた。。。

のを良いことに毎晩飲んでいる。


もともとお酒は好きなのだ。

どのみちもう惜しくは無い命。。。

酔っ払うとお骨にもたれかかったりしている(笑)

亡くなっても女房を介抱してくれる夫。


お酒は若い頃夫に飲み方を教わった。

夫が飲んでも乱れたのを見たことが無かった。

よく二人で、また友人達と飲みに行って楽しかった。

家で飲むときは晩酌の時間を私達は

「ハッピータイム」と呼んでいた。


あ〜幸せだったな〜あの頃は。

一日の仕事が一段落してホッとして

二人で飲むあのビールの味。。。


パパ、今までたくさんのたくさんの

ハッピータイムをありがとう。

天国でも美味しいビールが飲めますように。


先日不思議なものを見た。

安置台の上にかけているテープルクロスの裾が

風も無いのに まるで誰かがめくったように

す〜っと持ち上がったのだ。

ほんの一瞬のことだった。


朝だったから酔っ払っていたわけではない(笑)

さては猫のいたずらかと思ったが

猫は別の場所にいた。


モノの本によれば 亡くなった人は

自分が死んでも元気だと知らせるために

あの世から必死でサインを送るらしい。

でも生きている家族はなかなかそれに気づかないようだ。


普通だったらぞ〜〜〜っとするような事だけど

ちっとも怖くなかった。

その日はなんだか一日中嬉しくて

あまり泣かないで済んだ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


posted by おとめ at 18:22 | Comment(6) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい

2014年06月24日

二羽の小鳥

今日の天国からのプレゼントは
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壊れたアンティークの花瓶



ジュネーブの義妹のところへ夫と行ったとき

近所で蚤の市をやっていた。

そこで購入したつがいの小鳥の花瓶

売っていた白髪の上品なマダムが

フランスの有名なブランドのものだと

誇らしげに言っていた。


ブランドのことは全くわからない私だが

この綺麗なデザインはひと目で気に入ってしまった。

ペルーの甥っ子がいつも言っていた。

「おじさんとおばさんは2羽の小鳥みたいだね」

そんなことも思い出して買ったのかもしれない。


大切にしていたつもりなのに

ある日片方の小鳥を支えている

繊細な枝のところがポキッと折れてしまった。

残されて地上で悲しげに鳴く一羽。

それを呼ぶように上で鳴くもう一羽。


丁度私の難病が見つかった時だったので

なんだか不吉な予感がして

そのまましまいこんでいた。

それ以来先に逝くのは私だな。。。と

密かにずっとそう思っていた。


それなのに癌でずっと苦しい闘病をしていた夫が

今年に入っていよいよあぶなくなってしまった。

混乱した頭の隅っこで

あの小鳥を治せば夫も治るかも。。。

などと漠然と考えていた。


我ながらバカな考えだったが

あの時は必死だった。

そしてもちろんそんな修理をする

時間も精神的ゆとりも全く無かった。


そして主人が亡くなってからは

嵐のように葬儀や雑事に追われ

ふと気づいたら私はこの小鳥のようになっていた。


傷ついた羽をバタバタさせて必死に泣き叫び

天国にいるもう一羽をむなしく呼んでいる。

泣いても叫んでもどうにもならない悲しみ。

もがいても、苦しんでもそばへ行かれない絶望。。。


夫がいた頃はいつも何かしらやっていた。

縫い物、料理、押絵やお細工。。。とにかく

手を動かすのがあれほど好きだった私が

何もできず何をやる気も起きなくなってしまった。


けれども。。。今私はこれを治そうと思う。

がんばって。。。この花瓶を。

このままにしておくのはあまりに忍びない。

なんとか。。。ゆっくり、ゆっくりと。。。

あの世とこの世をつなぎあわせるかのように。


やる気を出すとっかかりになるかもしれないし

主人もきっと喜んでくれるだろう。

可愛らしい角笛の形の花入れは

涙をためるには丁度良いかもしれない。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございました。m(__)m




posted by おとめ at 12:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい

2014年06月19日

ドライヤーからの声

恐ろしく古い我が家のドライヤー
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おそらく’80年代製(笑)


だいぶ昔のことだけれど

父親が亡くなったとき

その魂が私の所へ来た。。。ようだ。

その日は夫が友人と出かけていて

私は一人で家で夜中過ぎまで起きていた。

ふと玄関のほうを見るとそばに飾ってあった

タペストリーに人の影のようなものが映った。

目の錯覚か何かだと思い気にも留めなかった。

夫がなかなか帰ってこないので

痺れを切らして先に寝ることにし寝室へ行くと

突然理由もなく無性に悲しさがこみ上げてきた。

もう時計は2時をまわっていたと思う。

なんだろう、この気分は。。。

とふさぎこんだまま壁に向かってぼ〜っとしていると

目の前に霧のような湯気のようなものが

す〜っと立ち昇るのを見た。

その時も私は多分眠くて疲れているんだろう

としか思わなかった。

伯母から電話が入ったのは次の日の朝

父親が亡くなった、との知らせ。

ずっとあとでわかった事だが

亡くなったのは午前3時頃だったそうだ。

ちょうど私が悲しい気分でもやのようなものを見た頃。


話は変わってその何年かのち

可愛がっていた手乗り文鳥が死んだ。

一度外へ逃げてしまったことがあるが

探しに行くとチチ〜っと鳴いて私の肩に戻った。

それほどなついていた。

その子が死んでからしばらくの間

鳥かごのあった場所から鳴声がしていた。


私の母方の血には「見てしまう」ところがあって

実家では時々ごく普通に「あの世系」の

人から見たらひいてしまいそうな会話を

けっこう普通にしていた。

母は戦前ヒトダマを見た。

大きな丸い輝く物体が飛んできて

玄関に落ちてくだけたそうだ。

父が亡くなってしばらく一人暮らしだったが

その頃おばあさんの幽霊も見ている。

それが自分の母親だったかどうかは

はっきりしなかったらしい。

伯母は幼い頃虫のしらせを経験した。

可愛がってくれた隣のおじさんの霊だった。

「あっ おじさんが来た」と伯母がいうので

皆で玄関に出てみたら誰もいない。

まもなく亡くなった知らせがきたらしい。


主人の葬儀が終わってまもない頃

しばらく我が家に泊まってくれていた妹が

ある日ドライヤーで髪を乾かしていると

「あっ??」と言ったので

「どうしたの?」というと

「人の話し声が聞こえた」という。

なんだか居酒屋のような場所で

にぎやかに話している感じだったそうだ。

「夫だ」私はすぐにそう思った。

夫は居酒屋が大好きだったのだ。

天国にも居酒屋があるのだろうか。

カツオのたたき、冷やしトマト、フライドポテトなど

大好きだったおつまみでビールを飲んでいるのだろうか。

そうでありますように。。。

そのあとで

私がドライヤーを使っても何も聞こえなかった。

なんだか寂しい気がした。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


posted by おとめ at 08:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい