2014年11月01日

知りたい

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10月に読んだ本いろいろです。
シュタイナーがほとんどだけどそろそろ食傷気味(^^;
あとはクリシュナムルティはじめました。


主人が亡くなって200日以上がたった。

号泣の儀式は毎日欠かさず行っている(笑)

もう涙腺がどうにかなっているかも知れない。


明け方の3時に目が覚めて、眠れなくなると本を読む。

なるべく退屈で難しいシュタイナーをww


そうすればそのうちに眠れるから。

へんな睡眠薬や安定剤などよりよほど良い。

三日間つづけて同じページで寝てしまったことも(笑)


悲しみを乗り越えようとは思わない。

自分が楽になろうとも思わない。


主人がした苦しみを思ったら

自分が癒されようなんてこれっぽちも思わないし

自分の幸せなんてちっとも望まない。


「ヒーリング」「癒し」「今ここ」

全部私には何の意味も無い。


ましてポジティヴシンキングなんて。

無理にポジテイヴになることの弊害は計り知れない。


なすがまま。

あるがまま。。。


亡くなった〇〇の分まで長生きしたい

なんていう人も信じられない。


悲しいものは悲しい。。。

この気持ちを誰かにわかってもらおうとも思わない。

本当のところはわかってもらえる筈が無いし

家族にもわからないだろう。


けれども優しい言葉をかけてくれる人達には

感謝で一杯だ。


慰める事がどんなに難しいことなのかは

私もずっと以前に経験済みだから。。。


私の為に時間をくれてありがとう。

わかってくれなくてもいいんだよ。

みんな優しい言葉をたくさんありがとう!


ただ私は知りたい。

知りたくてたまらない。


あなたがどこに居るのか

今どうしているのか。


どうやったらまた会えるのか。

亡くなったあなたの魂の幸せの為に

私は今どうするべきなのか。


知ろうとすることだけで生きている。

そして今日も本を読むことしかできないでいる。

そういえば。。。


あなたが亡くなった桜の季節から

今はもう読書の秋になったんだね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございますm(__)m


posted by おとめ at 20:20 | Comment(22) | TrackBack(0) | 読んだ本の感想

2014年10月31日

諸刃の剣

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10月に図書館で借りた本


読んでも読んでも興味は尽きる事が無く

この世にある書物は無限だ。


その中からこれだ!と思うのを見つけるのは

本当にむずかしい。


特に欧米発の啓発本やスピ本などはかなりアブナイと思う。

チャネリングとかチベットに行ったとか天使とか。。。

とにかくお手軽で、すぐに癒してくれようとする。


金髪で青い目で羽のはえた天使のイメージで

スピ・ビジネスをしている人も多い。

(何故金髪なのか?ギモンで仕方がない)


人気のあるドリーン・バーチューもそうだ。

この人、かなり商売人だと思う。

ミディアムとしては本物かも知れないけれど

セッション受けた事は無いので。。。(笑)


この人のコースで勉強するといわゆるミディアムとしての

「資格」が認定されるらしい。

だけどミディアムってそんなに手軽なものなの?

ウッソ〜〜〜って感じ。


同じ商売人でもアリソンデュボアやヴァン・プラグなどは

もっと好感がもてるけれど。

最初は全くお金をとらなかったというゴードン・スミスは

もっとずっと好きだけれど。


でも、なんで、よりによってみんながみんなの守護例が

古代インディアンとかうさんくさい中国人のおっさんなの?

理由を知っている方がいたら教えてほしいのですが。


アメリカ発のものでいわゆる「引き寄せ」というのがある。

あれは唯物主義のなにものでもないんじゃない?


それを霊魂とかスピリットと一緒にするからにくらしい。


宇宙さんにお願いしてなんでも好きなものがもらえる

なんていう本が図書館で予約一杯なので

読んでみたらトンデモ本だった。


もうちょっとではまりそうになった「奇跡のコース」

これもかなりウサンクサイと感じるようになった。

目が覚めた。

くわばら、くわばら。


その意味でシュタイナーもかなり読み込んできて

どうやら諸刃の剣らしいことがわかってきた。


たとえばシュタイナーは「批判すること」を禁じているが

批判精神なしに本を濫読するのはとても危険だ。

人間関係を潤滑にするには特効薬だけれど。


またけっこう人種差別的なところもあるのよね。

シュタイナーさんて。


というわけであっちこっちつまずき歩く私でした〜

。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


posted by おとめ at 14:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本の感想

2014年10月13日

死なんてない、一つがすべて

雲黒斎「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」

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60年代に大ヒットした医師ものドラマがあった。

「ベン・ケーシー!」というかっこいい英語の声と共に

病院の廊下をストレッチャーが全速で走っていく。

ベンケーシーの濃い顔が覗き込む。。。場面が変わって

鉄腕アトムに出てくる御茶ノ水博士が

三日くらい断食したみたいな風貌の

ゾーバー先生の手で黒板に記号が描かれる。。。


♂ 男



♀ 女



* オネエ。。。じゃない、誕生



+ 死



∞ 永遠




あの印象的なシーンを覚えている方は

多分そろそろコーレイシャと呼ばれる年頃だろう。

「交霊者」じゃないよ(笑)


主人公ベンケーシーの美形にうちの母親はうっとりしていた。

顔にポンズのコールドクリームを塗りながら。


中学生だった私は最後の ∞ (永遠)がとても気になった。

そして半世紀後の今も気になっている。


最近そんな私に大いなるヒントをくれる本に出会った。

「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」

始めに刊行された「あの世に聞いた、この世の仕組み」の

続編本だが、私にはこちらの方がダントツに面白かった。


雲黒斎(ウンコクサイ)というかぐわしいペンネームの作者は

多分私の半分くらいのお年だと思うが、かつてはうつ病で

かなり苦労されたらしい。


その後守護霊の雲さんが著者である黒斎さんに乗り移って

真実を語りだしたのだという。


眉にツバをつけながら「どれどれ。。。」と読んでみると。。。


もう、あーた!

これがぐいぐい引き込まれてあっという間に終わり。

独特のユーモアセンスがあって読みやすいのだが

書いてあることは深遠きわまりなく、何度も読み返した。


何回読んでもスルメを噛んでるみたいに味わい深い。

「死は存在しない」「僕たちは死なない」というか「死ねない」

「一人一人の命が存在するというのは幻想で、命とは

ただ一つのものであり、人はみなその一つの命を共有している。」

というのが本全体の大きなテーマだ。


生命とは「生まれる」のではなく「元からあるもの」

「生まれるのではないから死ぬ事もない」というワケ。

これを図に描いたものが載っている↓

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図1
一つの全体的な「命」(または「意識」「神」と言ってもいい)を

大きな風船になぞらえてわかりやすく説明している。


この風船は非常に丈夫で割れる事がない

それをつまんで中から空気をいれると

小さなふくらみができる、これがいわゆる「誕生」だ。


つまみたての赤ちゃんはまだ大きな風船の記憶を持っている。

だから新しい意識が誕生したわけではなく意識は元の

大きな風船の意識が入っている。(図1)


このふくらみがたくさんできると人口の増加となる。

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図2


しかしこのつまみを捻ると元の意識や記憶からは閉ざされる。

そして自分だけの意識をもつようになる。(図2)

生後の学習や経験で捻れがどんどん強くなる。

それが「自我」だ。捻れの状態は「カルマ」と呼ばれる。


「カルマ」については今は難しすぎるので詳しく書けないが

大風船の中に入っていた神の記憶のデータから

分離されて、個々人としての意識を持ってしまうことらしい。


この捻れを元に戻す事が「カルマの解消」つまり

俗に言う「さとり」で、自我が無くなり

大風船(神)の意識と一つになることだ。


そして死とはこのふくらみがしぼんで再び大風船に吸収され

元の風船内の空気と合体することらしい。(図3)


そしてこのとき個人のもっていた記憶やデータは

そのまま大風船に吸収され、蓄積される。

それをシュタイナー風に言うと「アカシックレコード」と呼ぶ。


ただふくらみが無くなっただけで

元の風船自体は存在し続けるから

「死」はありえない。とこうなる。

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図3

それが「般若心経」でいうところの「不生不滅」だという。


ここまで読んで「まてよ?」とひらめいた。

この理論何かにそっくりだったのだ。


そうだ!今必死に取り組んでいる

「奇跡のコース」そのものじゃないか。


あのブロック塀のブロックを引っぺがしたような

恐ろしく分厚い教則本。アマゾンでも売っている。

おまけに三冊組ものとなっている。

読者をして百科事典のセールスマンになった気にさせる本。


シュタイナーの全著作の読破というそら恐ろしい計画と共に

私は今何とかこれをモノにしようとあがいているのだ。


別にカテゴリを組んでブログでも書いていこうと思っている。


「この世のすべては幻想」(あーたも私も机も椅子も

大好きなイクラのお寿司も、きのこの山もすっぱムーチョも。。。)

「自我を捨て精霊(神)と一体になる」

「エゴ(つまり自我)を捨てる」などなど。。。


のっけからちんぷんかんぷんだった「奇跡のコース」

その意味がなんとなく雲黒斎さんのおかげで

うっすらとだがわかってきた。


だがあれは「仏教」では無く「キリストの言葉」だった筈だ。

宗教なんかでは決して無いけれども。。。


そうか!真実はつながっていたのだ。


いいぞ、いいぞ幸先いいぞ!

すべてはつながっているのだ。


風船捻っただけだから、そのうち私もしぼんで

風船の中で待ってる夫に会えるのだ。


あなたも私も、彼も彼女も

元は一つの大風船の中にいたのだ。


この捻れを解消する事、つまり

自我をなんとかして取り除く事で

この世の人の心の壁(わかりあえないという状態)

が取り除かれ、生き易くなる、と黒斎さんは言う。


それはつまり奇跡のコースでいうところの「分離の消失」

または「ワンネス」とも言うそうだ。

風船の中の意識とつながることだ。


そしてそれが広がっていく事で社会システムも変わり

より愛に満ちたものになるという。

それがLTE。。。Love(愛)、Thanks(感謝)、Enjoy(楽しむ)

の時代で、これについてはあとで書こうと思っているけれど

素晴らしいことには間違いない。


自我を取り除くには恐れ、不満、不安、不信感、怒り

傲慢、罪悪感、劣等感、差別、軽蔑を手放せばいいそうだ。


これはシュタイナーが霊能力を開発するための著書

「いかにして高次の世界を認識するか」の中で

同じような事を述べている。


シュタイナー風に言うと怒りや不機嫌のほかに、臆病な心、迷信

偏見、虚栄心、名誉欲、好奇心、無駄なおしゃべり、性差別など

これらを取り除く事によって、すべての人が本来もっている

霊的能力を目覚めさせる事ができるという。


と言っても一筋縄にはいかないよね、こんなこと。


でも何だかウンコクサイさんの追っかけになっちゃった。

ブログにいりびたっている。

フンコロガシになりそうな自分が怖い〜

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(_)m



posted by おとめ at 11:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | 読んだ本の感想

2008年01月06日

お正月早々泣きました

猫くるみは絶好調ですが。。。。。
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お正月だというのに号泣。。。。。

それというのも沼田まほかるさんの「猫鳴り」のせい。

身につまされるってこのことだったのね。

昨年19年飼っていた猫が亡くなったせいもあり、

やっとペットロスからぬけだせるかな?の瀬戸際でもあり、

自分自身がこれから先、加速度的に老いていく身であり、

それなのにまた性懲りも無く子猫をひきとったせいもあり、

猫も人間も無常の身であることをあらためて意識させられたのでした。

猫が人間に対して「死に方を教える」そのすごさ、すばらしさ。

猫を飼う本当の意味がわかりました。

最後の方で「猫鳴り」という言葉の意味もわかってくる、

その構成力、筆力の偉大さ。

ある場面ではハリーとトント風。でももっとリアル。

猫を愛し、猫を飼っていらっしゃる方ならきっといちいち

うなずいてしまうだろうし、きっと。。。泣きます。

嬉し泣き?かも:
posted by おとめ at 12:27 | 読んだ本の感想