2017年03月11日

真実をのぞいちゃった時

CIMG4822.JPG

それは何も特別なことではありません。

あなたに起こったかも知れないし

起こらないかも知れないけれど。。。


どっちにしても大した体験ではありません。


体験してもしなくてもどっちが偉くて

どっちがダメということでは全くありません。


けれども一つ言えることは、この体験後

人生がとてつもなく変わった、という事です。


全く今までとは価値観が違ってしまったのです。

そしてとてつもなく自由な心だけがあります。


でもそれは真実を理解するのには

より便利になるかな〜というだけのことです。

興味が無い人はただの寝言だと思って

スルーして下さいね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。


それは最愛の夫を亡くして一年ほどたった頃でした。

私は死別の苦しみでがんじがらめになっていました。


ある朝、ベッドで一冊の画集を見ていたら突然涙が

とめどもなく溢れてきました。


私は立ち上がって隣の部屋へ行きました。

部屋は激変していました。

机も、窓も、椅子もなにもかもが光り輝いていました。


パソコンが神様のように見えました。

散らかった部屋は天国と化していたんです。

そして自分がその部屋そのものになった感じがして

全体を何か強烈なエネルギーが満たしていました。


心にはなにも浮かびませんでした、ただ驚きと

喜びがありました。そしてどこからともなく

「全部このままでいいんだ!」という声のような

考えのようなものが浮かびました。


何も変わらなくていい。。。。。

すべてが「愛」そのものでした。

私は至福の真っただ中にいました。

その状態は2,3日続きやがて消えました。


私はその出来事が妙に気になりました。

友達や家族にも話しました。

けれどもその事を真にわかってくれる人は

当然のことながら、いませんでした。


そしてまた苦しみが戻ってきました。

そんな折またあの「体験」がやってきたのです。

ある日、読書をしていたら、突然

「自分」が無くなりました。

本を支えている「誰か」は「私」ではありませんでした。

それは不思議な不思議な感覚でした。


自分が「見ているもの」そのものだけ、という感覚。


私は「自分」を探そうとしましたが、

見つけたのは何も無い「空間」だけでした。。。

それはなんだか恐ろしい体験でもありました。


孤独な探求がまた始まり、私は調べ抜きました。

そして私の経験した事があちこちに

沢山書かれていることを知って驚きました。


それは禅やアドバイタで言われる「一瞥体験」とか「小悟」

あるいは「見性」と言われるものでした。


でも私は「悟り」なんてちっとも求めてはいませんでした。

「一瞥!?」「覚醒?」「悟り?」

そんなもの私には何の役にもたたないものでした。


それは長年の苦しい修行をした人だけが達するもので

これ以上の苦しみなどゴメンの私には縁のないものでした。


私はそんなもの欲しくありませんでした。

ただ「霊界」にいる夫と会いたいだけでした。


それなのに「それ」はふたたびやってきたのです。

それは散歩をしている時に起きました。


三回忌が終わり、まだ絶望の淵にいた私は

ある日、重い足取りで急な坂を昇っていました。

行きつけの図書館に行くためです。


ずっと泣き暮らしていた私の心は

疲れてがらんどうでした。

まるでからっぽだったのです。


久しく何の欲もありませんでした。

あそこへ行きたいとか、将来こうしたいとか。。。

何も何も私の心にはありませんでした。

物欲も無く、幸せを求める気持ちもとっくにありませんでした。


何の考えも起こりませんでした。

いつもは夫の思い出を反芻しながら

目に涙をためて歩く道でした。

でもその時は過去も未来も心に浮かびませんでした。


楽になりたいと思うエネルギーさえ無く

歩くのがやっとだったのです。


このあたりはうっそうと木が繁った

都会の異次元です。


私は突然私の周りの木々が妙に

自分に迫ってくるのを感じていました。


実際は私が木々に近づいて歩いているのに

向こうが私に向って歩いていたのです。

「あれ〜?」っと一瞬思いました。


帰り道、やはり重い本と重い体を引きずって

一本道を歩いていました。

やがて思考が戻ってきました。


次々と起こる雑念を消そうと

私は自分の足音にひたすら耳をすませていました。


その時不思議な事が起こりました。


いつもは景色の中に自分がいるのに、

それが無くなりただ「歩いていること」があり、

それは他のものと同じ風景でしかありませんでした。


自分と外界との距離が感じられませんでした。

周りを見るとすべてが光って生きていました。


うまく説明できませんが、木々が、花々が

いつもは見過ごしてしまうような汚い植木鉢の中の

枯れかけ植物さえもすべてが「何か」の特別な

エネルギーを吹き込まれたようでした。


というより汚いものほど輝いていました。


建物も道もすべてが違って見えました。

意識?に次々に色んな植物が入ってきました。


みんな喜びにそよいでいました。

「生きている」エネルギーそのものでした。

私はエネルギーそのものを見ていたのです。

もし肉眼でエネルギーが見えるとすればこれがそれでした。


これが「そのまま」という事がわかりました。


そこには悲しみは全くありませんでした。

思考も無く何にもありませんでした。


ただ喜びで「見ていること」だけがありました。

何より「自分」がありませんでした。


すべてがつながっていて一つでした。

空間は満ちていて隙間は無く

愛、慈愛、神、祝福。。。そんな言葉では

言い表せない「何か」で一杯でした。


それが「空」の世界でした。



posted by おとめ at 19:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 覚醒体験
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