2015年04月30日

一周忌の小さな奇跡

CIMG3648.JPG

聖イグナチオ教会



夫が亡くなって今月の15日で一周忌だった。


夫が在籍していたJ大学構内の教会で


身内だけで平日のミサに行った。



かつて二人でよく歩いた四谷の桜並木は


とっくに花が散っていてほっとした。



ミサは他の方々と一緒の合同ミサで


いつも行われていて特別なものではなかった。


それで少々後悔していた。


どうしてちゃんと神父様を頼まなかったのかと。



できなかったのだ。。。


一周忌が近づくにつれて、一年前がありありと蘇り


死に際の夫の事ばかり思い出された。



グリーフケアの集会や


スピリチュアルの勉強会などにも


かろうじて出席していたが


夜、一人になるとひたすら涙を流した。


何かを頼んだり、計画したりできる状態ではなかった。



一日のうちに気分がコロコロ変わり


安定しているな、と思うといきなり泣き崩れたりした。



いわゆる命日症候群だろうな、とは自覚があったけれど。


いざとなって実感してみると本当に辛い。



ミディアムさんには夫が元気でいること


夫と私しか知らない証拠の数々を見せていただき


いつもそばにいる事は伝えられていたが。。。



たとえどこかに魂があっても、夫の体がもうそばにない、


というのはなかなかすぐには受け入れる事はできない。


最愛の人を亡くした人ならわかってくれると思う。



遺骨をもって地球の反対側へ行って納骨をし、


いったんは癒されたかに思っていたのだが、


まだまだ道のりは長いな〜、と絶望的になった。



けれどもこんな時にこそ天国はプレゼントをくれるのだ。



ミサが始まってすぐに神父様がおっしゃった。


「今日は本日命日を迎えられる方の為のミサです」と。



え〜〜〜?ほんとに〜?知らなかった〜♪


そんなこと期待してなかった私は狂気した。


ずっと神父様をきちんと頼まなかった事で


自責の念にかられていたから、まさに奇跡のような気がした。


これで夫の魂にもきちんとお祈りしてもらえる。



よかった、よかった。


私は涙を抑えることができなかった。


ミサには以前から信徒である人たちが多かったので


神父様につづいて流暢にお祈りをとなえていた。



まるで皆が夫の為に祈ってくれてるような気がした。


私も自分なりに一生懸命祈った。



教会の広大な天井を見上げると


ステンドグラスがとても綺麗だ。



オラトリオの合唱団に入っていた頃歌った


モーツアルトのレクイエムが心の中で響いた。



祈りは光となって死者を包み込むという。



自分の為に祈るのではなく


他者の為に祈る事が自分の浄化にもつながるそうだ。



かつて何も知らなかった頃


神社に初参りなどしては無病息災だけでなく


「今年こそジャンボが当たりますように」などと


不謹慎なことを祈っていた自分が今は信じられない。



私はカトリック教徒でもなんでもないが


毎朝夫の写真の前での祈りは欠かさない。



仏壇などが無いので当初は困ったが


あちらで義妹が小ぶりの綺麗なマリア像をくれた。


十字架はあちらで買った。


(14Kの安いものだ)

CIMG3955.JPG

このネックレスを外出の時は身につけるが


普段は手にもってお祈りをする。


いわゆる「ロザリオの祈り」のような


本格的な祈りには及ぶべくも無くお恥ずかしいが


精神誠意、集中して祈る。



まず天の偉大な存在に呼びかけ感謝の祈りを捧げる。


そして私の祈りが夫に届きますように、と祈る。


それから夫の魂の為に祈り、沢山の愛を送る。


ついで夫に生きていた時のように話しかけて


日々の出来事を報告したりする。


そして最後にまたあちらの世界へ行った肉親の人達や


その時々によって今悩んでいる友達や


不幸に会った人々の為にも祈り


沢山の愛を送って終わる。



祈りの言葉は本当に自己流だ。


でもそれで絶対夫には通じていると思うし


神様も許して下さると信じている。



でもまだまだ勉強中だから、これから


祈りのやり方などは変わっていくかも知れない。



時には辛くて涙を流しながら祈る事もあるが


祈ったあとはすっきりとして


そのお陰で朝ごはんもなんとか食べられる。



自分のために祈っていなくても


結局は自分の為になることなんだね〜。


私には瞑想がわりのようにもなっている。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m




posted by おとめ at 12:26 | Comment(4) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい
この記事へのコメント
ねえちゃん様

コメントへのお返事が送れて大変申し訳ありませんでした。(><)たった今遠方の老母のところからもどったところです。普段は弟が世話をしてくれていますが、私はなかなか行かれなかったので、今回は一週間ほど滞在していました。

5月10日から行ってました。年取って弱った母を見るのはとても辛かったですが、主人の介護でずっと行くのはままならなかったので、会えてよかったです。

主人と母は中が良かったので、一緒にいてくれたかもしれません。

母の世話をしている間は涙が全く出ませんでした。
家についたとたんどっとまた寂しさがこみあげてきましたが。。。

ご主人のお師匠様が大変なご状況なのですね。本当にがんというのは。。。まして一人暮らしの方なら
どんなにか心細いことでしょう。

私の知り合いにも若くしてガンをわずらっている方がいらっしゃいます。

主人の時は転移をしてしまってから、一生懸命に食事療法をしましたが、今つくづく思うに食事療法というのは確かに多少の延命効果はあるかもしれませんが、その効果は数週間かもしれないし、人によっては数年かもしれません。

けれども根本的にガンを治療するものではありませんし、食事療法をやったからといって治ると期待するのはどうなのかな〜と思うようになりました。

主人の時は無我夢中だったのですが、今冷静になって考えてみるとあの食事療法(済陽さんの)にはかなり無理で大変なところがあって(一日に生ジュースを大量に飲んでそれで正常な食欲を保てるがん患者がいるのだろうか。。。というのが今現在の私の正直な気持ちです。)また、食事療法で「ガンが治る」とはっきり謳う済陽さんのキャッチフレーズはいかがなものかとつくづく思います。

ただ、なるべく無農薬野菜をとったり、やたらにマーガリンやトランス脂肪酸をとらない、とかお豆腐など大豆製品がいいとか、そういったことはもう常識ですので、それを守るというのは基本かとは思います。

途中で主人は大量のジュース摂取をやめました。かわりにフランス人医師の書いたAnti Cancerという食事療法の方がずっと自然で楽なのでこちらを随分参考にしました。

チキンやワインなども吟味すれば摂取してよいのではじめからこちらにすればよかったと思いました。

けれども結局がんの威力には勝てませんでしたが。

こんなことなら厳しい食事療法などせず、好きなものを思い切り食べさせればよかった、とも思って私は自分を責めてせめて随分苦しみました。

けれども「食事療法で治った人がいる」と聞けば、是非にと思う、藁をもつかむ気持ちになるのは人として当然です。その時の心理状態でベストを尽くすほかありませんでした。

もし今私がガンになったら、抗がん剤治療は最低限にするかまたは受けないと思います。食事も「好きなものの中で」極力体に良いものを取り、高価な補助食品をとるかわりに、新鮮な果物と野菜のジュースをジューサーで絞って朝一杯だけ飲むでしょう。

そして食事療法より何より、心の安定です。辛い仕事は直ちにやめ、思い煩う事も一切やめ、本当に好きなことに集中して余生を送ると思います。

>「美味しい物を食べて死ぬからいい」

今の私には珠玉の言葉に聞こえます。

何にもお役にたてず申し訳ありません。


Posted by おとめ at 2015年05月16日 20:50
もう一年、なのか、まだ一年なのか. . .
おとめさんのお気持ちが痛いほど伝わってきました。確かに、魂がそこにあって(いて)
も、暖かい手や目に見える笑い顔などが
ないということ、触れられない事、
その喪失感がうまらないというのはまた
別のお話ですね. . .
お祈りが、ほかの方たちのものも含めて
夫さんのもとに届けられてよかったですね。

最近、実はにいちゃんの師匠(お琴)のがんが再発し、というかあちこちに転移して、
余命が半年という宣言を受けたところです。
私はお付き合いはないですが、にいちゃんは合いカギをもって猫の世話にも行くほどなので、色々と考えているようで、
前にお勧めいただいた食事療法の本も何冊か購入したんですが、(済陽さんの)師匠は前のがんの時に試したのか?あまりそこは突っ込んで聞きにくいようですけれど、美味しい物を食べて死ぬからいい、といわれて本は手元にあるまま。もともとほしかったからいいけど. . .
一人暮らしの人だし、作るのも大変だし、有機栽培とかいろいろお金がかかることだから、と思いながら、おとめさんがいらして、夫さんを支えていたことを、あの食事とか頻繁に思い出しています。
医療がもっと進んで、病気の苦しみが減ることを祈ります。ただ、あまりにお金がかかるものだとできない人も出てくるし、
だからあまり高くならない医療で、効果があるものとか、吐き気や痛みを抑えられるなにかとか. . . そういうものが出てきますように. . .

夫さん、きっと言われなくてもずっとおとめさんのことを心配されているでしょうけれど、おとめさんを守ってくださいね。
Posted by めんまねえちゃん at 2015年05月09日 23:46
みいさん、優しいお言葉をありがとうございます!
とても嬉しく心強いです。

本当に一周忌は過ぎてしまえば少し楽なんですけど、亡くなった時の状況などがありありと浮かんでとてもたまらない状態でした。どうにかなりそうでした。

おかげ様でなんとか無事に済ませることができました。やっぱり神様はいる!と確信しました。

本当に感謝で一杯です。

最愛の人を亡くした者にとっては一周忌や誕生日など折々乗り越えなくてはいけない試練が山ほどありますね。

みいさんも無事に乗り越えることができますようにお祈りしています。

みいさんは芯がとても強い方だと思います。

きっとご主人が神様にお願いしてみいさんが少しでも楽になれるよう取り計らってくれますよ。みいさんがご主人を愛し、ご主人にいつも愛を沢山送っている限り。。。

>セッション受けても、悲しみが消えることはありませんものね。

本当にそうですね。魂があると実感しても、夫に触れたり、抱きしめたりできなくなった事もとても辛いことですし。。。

何よりも愛する人がそばにいてくれた安心感がなくなりましたから。

セッションの時は主人がそばにいる気がしてとても慰めになるのですが。。。でもミディアムさんのハシゴをするわけにもいきませんものね(笑)

経済的にも夫を亡くすととても不安ですし、ほとんどのミディアムさんは有料で決して安いとはいえない料金ですから。

なので今私はミディアムさんなしでも夫に近づける道を必死に捜し求めているんです。

そうしたら最近出合った保江邦夫さんの本の中に素晴らしい神父様の事が書いてあって感動しました。

「愛の宇宙方程式」という本ですが、ちょっとぶっ飛んだ所もあるのですが、私にはすんなり信じることが出来ました。

ミディアムセッションやスピリチュアリズムというのは英米が発祥の地ですが、それ以外にも色んな世界があるんですね。生きている限り勉強していこうと思っています。

なんだか辛いゴールデンウイークですね。お花見以来の山越えです(笑)なんとかお互いにしのげますように。我慢しないで大いに泣きましょう(笑)
Posted by おとめ at 2015年05月04日 12:16
一周忌、辛かったですね。。

でも、奇跡がおこって、ステキな日でしたね。
本当に、これこそ奇跡ですね!

なんて素敵なんでしょう。

だけど、読んでいて、その場のおとめさんを思って胸がつまりました。
そっと一緒にいたかったなと、思いました。


セッション受けても、悲しみが消えることはありませんものね。

この悲しみは、彼が生き返らないと消えませんものね。。



私も、一周忌の準備をしなくては。。
だけど、ドキドキしてお寺に連絡が出来ません。

四十九日のときは、母がお寺に連絡してくれました。
それきり、法要は何もしてないです。

宗教的なことからすると
ホントにいい加減にやってるんですよ。。


おとめさん、一周忌過ぎて、
少し落ち着く日はありますか?

いつも優しくして下さるおとめさん。

どうか、安らぎの日々が訪れますように。。
Posted by みい at 2015年05月03日 13:37
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