2017年04月23日

ビジネス

↓お墓参りに行ったらいたよ〜

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何かを売るという行為は物品に限らない。。。。

肉や魚や野菜を売ることに何も問題はないし

それは必要なことでしょう。


けれどもその他に特殊なビジネスがある。


売るということは営利が目当てということだ。

どんな綺麗ごとを言っても見えてしまう。


「あなたを幸せにしてあげよう」と言いながら

片手で優しくあなたの肩をたたいて

もう片方の手のひらを上に向けて

「ちょ〜だい」と言っている。


何故なら「私」はそのお金がいるから

何故なら「私」はそれで食べていくから

あなたの悩み、苦しみ、悲しみより

「私」の生活の方が大事だから。。。


あなたは「今」をこばみ

欠点だらけの自分を何とかしようと思う。

またはみじめだった人生を変えようとする。


私だって「何か」になれるに違いない。

今のパッとしない仕事なんておさらばだ。。。。

今の苦しみともさよならだ。。。。。


あの「師」や「先生」みたいになりたいと思い

ますます今いるこの現在の環境が嫌になる。

そして「今」から抜け出してしまう。


クリシュナムルティは動物や花と会話したり

自分のヒーリングやサイキック能力は

ひたすら隠した。死後に甥っ子がすべてを

ばらしちゃうまで。。。。。


彼はひたすら「何でもない人」

になろうとしたのかも知れない。

それこそが私たちができないこと。


人は常に「何か」になろうとする。

今とは違う何か、特別な何か。。。

自分が無価値であることを恐れる。


時として本当の事はあからさまに見えない。

普通の主婦が真理を語り、年寄りが指さし

子供がそのサクランボのような口から漏らす

彼らはあなたのすぐそばにいる。


真実は新緑の輝く葉の一枚にある

山の稜線にもあるし、雨の一滴にもある。

陽の当たった野良ネコの背中にも。

ほら、あそこにも、ここにも。。。。


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たくさんのアクセスありがとうございます。

読んで下さり感謝で一杯です




posted by おとめ at 15:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2017年04月22日

チューリップ

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引っ越してすぐに植えたチューリップが咲いた♪


質素なベランダガーデンにも春がやってきた。

思いがけず喜びがやってきた。

チューリップは風にそよぎながら

ゆったりと咲いていた。


エゴを消そうと励んだり

浄化されようと努力したり

今まで忙しいことだったな〜。


チューリップを見ていてつくづくそう思った。


何かになろうと必死になったり

人に嫌われないようにしたり。。。

すべてが同じこと。今を否定すること。

そのままでいられない、忙しい心。


もう何も求めない、何もいらない。

この瞬間を見る、生きる、感じること。

ただそのままを生きる事。

与えられた仕事を淡々とすること。


受け入れるのではない、我慢したり、

耐え忍ぶのでもない。

もちろん批判でもない。


汚れた自分や人をそのまま見ること。

そこに限りない平和があるとわかった。

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神聖なものをこちらから求めても無駄。

ただからっぽであること。。。

そこに神聖なものの方からやってくる。

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いつもご訪問ありがとうございます。

あなたも春を楽しんでいますように。









posted by おとめ at 19:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | 小さな花園

2017年04月21日

松本にて

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松本城


今月東京からPちゃんが遊びに来てくれた。

Pちゃんは以前にも書いたが

私の娘のような存在で大切な人。


久しぶりの再会で妹も大喜び。

三人で春の松本へ繰り出した。


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松本はうちから電車ですぐのお気に入りスポット。

上品な城下町だ。

お正月にも大好きな友人3人と行った。

その時も楽しかったな〜。引っ越しして寂しい折

友人が来てくれるのは本当に嬉しかった。


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水の綺麗な松本では街中でも湧水が。


今回は妹も一緒というのがある意味重要なことではあった。

というのも妹は何年間も引きこもりだったから。

それが私が来て半年のうちにまず近所から初めて

徐々に少し遠くまで外出できるようになった。

私はな〜んにもしていない。


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繩手通り(通称カエル通り)では鳩が水浴びをしていた。


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こんな素朴丸出しのお店がいいね。紙のちりとり400円(笑)


Pちゃんは松本がとても気に入ったようだ。

あちこち撮影している。

Pちゃんは世界中を旅行してるのに

ここの古い町並みが特にたまらないようで

蔵通りではそのコーフンがピークに達した。

立て続けにシャッターを押し、即フェイスブックへ(笑)


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蔵通りの定食屋へ。お気に入りの店。外人客が多い。
Pちゃんは名物の山賊焼をペロリ。

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さらにカフェでデザート。みんな別腹には目がない。
お芋を練りこんだクレープとアイスのセットは絶品。


コーヒーを飲みながら妹は怒涛のように話したっけ。

溜まっていたものが吐き出される。

それを私とPちゃんはただ聞いていた。


努力、根性、〜するべき、〜であらねばならない

などなど、捨てちゃえばいいんだ。

人にも自分にもそんなものを課さない事。

人はどんなにそれに絡みつかれていることか。

てか、もともとそんなものに絡みつかれてる

「誰か」はいないんだけどね。

自分でわざわざ作っちゃってる。


Pちゃんは禅もアドバイタも知らないのに

あるがまま、そのままを実行できる人。


明日のことなど考えない。

過去も顧みない。

全人類がお友達であり自分である、

ということが先天的(?)にわかっている。

すごい。


知識がいくらあっても、浄化しても、瞑想しても

あなたはすべてであり、なおかつ、あなたはあなた

という事がわからなければ苦しみは続く。


苦しいのは必ず「自分」があると思うから。

その自分を良くしようとしたり、人と比べて

ねたんだり、今と違う何かになりたいと思うから。


自我の存続と安心を求める心。。。それは粗大ごみ。

それをまず捨てちゃえばいいんだけどね。なかなか。

でも、そこからすべてが始まる。。。

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この看板はうけた〜〜〜

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今日もご訪問ありがとうございます。

あなたとのご縁に感謝です。










posted by おとめ at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月20日

朝ご飯

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朝ご飯を一人静かに食べていたら

ひとくち、ひとくちがおいしくて

ありがたくて、幸せで。。。


窓の外を見たら青空が一杯で

また雲が実況中継をやっている。

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嬉しくて胸が一杯だったよ。

味わって食べるなんて何年ぶりだろう。


ずっと部屋にあるこの果てしないエネルギー

それはすっぽりと全部を包んで

もう何もいらない、これで十分って思った。


私は何もやってないのに、体は暖かい。

何もやっていないのに自然に生きてる。

やってる人は誰もいないのに。


この満ちた感じ。。。

これでいいという感じ。。。

あ〜もう明日などいらないこの感じ!

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posted by おとめ at 14:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな食卓

2017年04月19日

あんずの里

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あんずの里へドライブに連れて行ってくれたよ。

40年以上も前に「ノンノ」という雑誌で見て以来

憧れの場所だったけど、行ったのはこれが初めて。

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行かなきゃって思ったこともないけど

ちゃんと天は連れてってくれたよ。

期待する心が何もなくなった時

恵みがやってきた。

あんずの花は梅と桜のあいのこみたいで、ふっくら可愛い。

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あんずソフトがうまかった。

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どこみてもあんず、あんず、あんず。。。

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あんず、あんず。。。

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ひなびたこんな風景がいいな。



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風が冷たかったけど、ただ圧倒されて見ていた。

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あんず、あんず、あんず。。。。。

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いつもご訪問ありがとうございます。

読んで下さるあなたとのご縁に感謝。
posted by おとめ at 18:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月18日

おばあちゃんの特別な日

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おばあちゃんの誕生日の朝

庭には福寿草が咲いていたよ

今までご苦労さまでしたって言っていたよ。


まだまだおばあちゃんに頑張ってもらおうと

みんなでおフランス料理屋へ行ったね。

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お箸でいただくオードブルおいしかった。

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デミグラスが超おいしかった。ご飯と合うね。

おばあちゃんはあまり嬉しくて

言葉少な目だった。


でも一杯食べていたのを私は見たよ(笑)

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デザートは素敵だった。

あまりおいしいのでキーウイアイス食べちゃってから撮影

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おばあちゃんのデザートのお皿には

チョコレートでメッセージが書かれていた。

もったいないけど、みんなで少しづつ食べた。

おばあちゃんの長寿を祈って。


もう「親」と呼べる人は妹の姑の

この義母だけになってしまった。


まだまだ外は寒かったけど

お店の中は大きな暖かいエネルギーが

私たちを祝福していたよ。


記憶がどんどん薄れていってるおばあちゃん

でもこの日だけは嬉しそうだったね。。。。

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posted by おとめ at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月17日

なたね梅雨


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今。。。よけいな苦しみを作るのは自分

それが分かった時苦しみはない。

ちゃんと見た時、感じた時。


たとえば雨が降っている。。。気がめいる。

それだけで自分が不幸の塊のような気分になる。

それは雨が降るという現実をそのままに

受けとめていないからなんだよね。


雨が降っているそのことが

過去に見た映画や、過去の思い出と重なり

今降っている雨とは別物にしてしまっている。


それをやっている犯人は誰だ?

それは「心」⇒「思考」⇒「自分」←「記憶」←「知識」


あらゆる思考がない時

本当の雨の姿が見えるだろう。

本当の雨の音が聴けるだろう。


雨が降っている事自体に何の問題もない。

しとしと降る雨、雨、雨。。。。。


誰も雨をストップすることはできない。

雨、無数の水滴、冷たい、これはなに?

しとしと、しとしと、頬を濡らすもの

。。。。。。。。。。。。。。。。。。


幼い頃雨の日が大好きだった。

何故なら水たまりに虹があったから。


いつまでもいつまでも眺めていた。

私は水たまりの虹と一つだった。


大きくなってそれが車から漏れた

オイルかガソリンに過ぎないと誰かが言うまで。


あとからつけられた観念や思込みのせいで

私たちって人生を台無しにしてるかもよ。


だから何の先入観も無かった幼年期は幸せなんだ。

なにもかも、ジャッジせず、そのまま見ていた。


ここに大嫌いな人がいるとする。

あなたの頭痛の種だ。

その人の性格が変わって欲しい。

でも。。。

そんな事できるだろうか。

絶対にできはしない。ためしてみよう。


その人を変えようと思うから苦しみが生まれる。

その人はその人でほっておくしかない。


かといってそこで自分を変える必要も無い。

自分も人もそのままでいい。雨と同じこと。


限りなく大きなエネルギーに

すべては一つで一つしかない。


あなたはあなたの世界に

私は私の世界しか見えないけど

両方とも同じ命を生きている。


あなたであるものをどうして変えたりするのか。

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posted by おとめ at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 苦しみについて

2017年04月16日

花祭り

神宮寺(長野県松本市)臨済宗

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宗派を問わず受け入れてくれるお寺です。

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花祭りイベントがあったので連れて行ってくれました。

きのう三年目の命日だったこともあり

行けば楽しいよ、と私をさりげなく誘ってくれる

みんなのその気持ちが嬉しかった。

私が禅が好きだということもあって。。。

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まずお庭を眺めながら振舞われた甘茶をいただきました。

甘茶なんて小学校の時以来です。

山間のこじんまりとしたお寺ですが大広間の襖絵は圧巻。

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素晴らしい作品です。

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廊下にはいかにも禅寺らしい十牛図。。。


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ホールではお釈迦様の誕生祝いと

亡くなった人達のために読経がありました。

松本のおじいちゃんや母、夫の為に

手を合わせました。



その後プチコンサートが。。。

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邦楽の生演奏って初めてです。

素晴らしかった。


ここの住職がとてもオープンな方で

葬儀なども明瞭会計だそうです。

檀家さんも多いと聞いています。

かの永六輔さんと親交もあったとか。


ダジャレを交えながらの住職のスピーチでは

笑い転げちゃいました。たとえば:

福島へチャリティでいらした時、駅のアナウンスに

びっくりされたとか。

「フクスマ〜フクスマ〜。降りる人が死んでから

ご乗車ください」と言っていたそうです。

よく聞くと「ふくしま〜ふくしま〜降りる人が

済んでからご乗車下さい」だった(笑)


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ここのお寺で働く人たちは独特の作務衣を来ています。

タイに工場があり、現地の貧しい人達へ貢献のためだとか。

手織り、手染め木綿だそうで欲しくなりました。

久しぶりの物欲(笑)


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座禅会もあるそうなので行って見たいな〜。

ただし朝5時から(笑)もちろん無料。

VIPなんかを対象に高額の座禅会もあるけど。

ここは違う。何かが違うと感じました。


こういう開かれた正直寺がもっとあちこちに

あってもいいんじゃない?


心穏やかな一日でした。

信州もようやく春の日差しになったずら〜

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今日もお読みいただきありがとうございます。

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posted by おとめ at 19:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月15日

三年目

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三年目の命日〜

愛用していたカップに質素な花を活け

今年もオルゴールを鳴らした。


さてこれから何かが始まるようだけど

何かは私にもはっきりわからない。


ただ書いていきたいという思いだけ

今起こっている。これまではほんの小手調べ

この機会に深く感謝。。。。。


三年間の悲しみは私から何かを取り去った。

そのおかげで人の目が気にならなくなり

仕事への情熱や、何かを成し遂げようとする心や

何か希望を持つことや、期待すること。

すべてが無くなっている。


一見ゼツボー的な状態のようで、自分のどこかも

ゼツボー的だと言っているのだが、なんだか

毎日楽しくてたまらない、という変な状態。


すごくラクで嬉しくて楽しくて。からっぽで。


ただただ大いなる存在が私やすべてを動かし

何も分析せず、批判せず、あるがまま。


さて命日。。。。。

悲しみをちょっとのぞいただけで

人はそこから逃げ出そうとする。

人の悲しみであれ、自分のであれ。

だって苦しいもんね、無理もない。


悲しみ。。。それは底なし沼

出ようともがくほど深みにはまる。


でももがかず、そこに飛び込み

悲しみとただただ一つになり

思い切り悲しみ嘆かなくてはならないんだ。

それこそが生まれてきた理由。

気丈にふるまう必要などないし。


ただし、悲しみの成分を思い知らないと。

それはあなたが見たくないもので一杯。


「寂しいから」「一人にされたから」

「生活できないから」「優しかった(私に)」

「つまらない私を何かにしてくれた」

「私の孤独を慰めてくれた」「料理してくれた」

「いつもどこかへ連れて行ってくれた」

「あの子は私の唯一の希望だった」などなどあるけど

そこにある「自分」「我」という成分が

人は誰でも見たくないもの。


そして「何もしてやれなかった」これさえもだ。

何故なら何もしてやれなかった「自分」だから。

それを正当化する心がどこかにあるからだ。


すべて「自分」でできている。

でもだからって自分を責めたりしない。

ただ勇気を出して見つめる、それだけ。

何も考えずただ悲しむだけ。


それは時として残酷でとても辛い作業。

でも見つめなければあなたは救われない。


それは「愛」ではなかった。

涙を流しながらとことん気づく。


あなたの悲しみはあなただけの宝物。

あなたと亡くなった人は一つなんだ。


ぎりぎりまで悲しんだあなたは

そのうちにエネルギーで一杯になる。

そして本当の愛を知ることになる。


どこへも行っていない。行きようがない。

だって元々一つなんだから。


どこにも行っていない。今ここにいる。

あなたは私であり、すべて。。。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。



たくさんのアクセスありがとうございます。

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posted by おとめ at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2017年04月14日

コーレイシャとお引っ越し

「いかにして信州へ移住したかのストーリー」
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床が見えなくなって空太はてっぺんがベッドルーム。


夫を亡くして、母を亡くして、子供もおらず、と

こう書くといかにもみじめったらしいですが(笑)

要するに東京に一人ぽっちのコーレイシャである私を

妹夫婦は本当に心配してくれました。


特にストレス性の心臓発作で2014年の暮れに

とうとう入院してしまってからは

妹はいてもたってもいられなくなったようで。


「信州においでよ」と何度も誘ってくれました。

東京の家賃は高いし、私も行きたかったのですが

コーレイシャ兼ミボー人+猫二匹に

なかなか適切な物件は現れずあきらめていました。


そして悲しみから逃れようと、日々瞑想したり

霊媒学校へ通ったりと忙しくしていました。

そして二年半ほどが経ちました。


一生懸命自分を浄化しようとしたり

スピリチュアリズムの本を片っ端から読んだり

霊界とつながることばかり考えていました。


元々霊感?の強い家系であったようなので

学校でほめられたのを良いことに、ますます

あらぬ方向へとのめり込んでいたのです。

コーレイシャならぬ交霊者でした(笑)


ていうかね、誰でも瞑想したり集中すれば

霊を見たり聞いたり感じたりはするようになります。

「オーラが見える」とかね。確かにおもしろい。


でも禅ではそれを「魔界」と読んで一切しりぞけます。

座禅を組めば誰でも不思議体験はするそうです。

坊さんは「見えたぞ!」とか大騒ぎはしませんけど。

もちろんこれは悟りとは全く別の話ですけど。


だからってわけじゃないですが、やっぱり導きなのか

禅やアドバイタにひかれる私には、自然に

スピリチュアリズムの世界への足が遠のきました。


でも魂があるということは事実なのかも知れません。

手や足や建物があるのと同じように。。。


おっと、話がだいぶそれちゃった。

引っ越しの話でしたっけ。

物件はなかなか見つかりませんでした。

それが!!

母親が夏に亡くなったとたん

妹のところから徒歩圏内にマンションが、それも

コーレイシャ歓迎、ペットOK、間取りゆったり

おまけにお隣がペットクリニック!!

無くてはならぬ図書館まで歩いて一分!

家賃は東京の三分の一!(てか住所が大字だし)

という信じられない物件が見つかりました。


あの「体験」以来、来るものはすべて拒まない

というポリシーになったので即見に行きました。

仏の導きじゃ〜〜〜というわけです。


それと同時に捨てるのもあっさりになったので

これまでやっていたクラスをすべてキャンセル。

先生方には申し訳ないことをしましたけど。。。

眼には見えぬパワーの導きには逆らえませんのでした。


夏の暑い盛りでしたが、一目で気に入り即契約。

9月への引っ越しへと向けて準備がはじまりました。


ところがあーた、これがもう死ぬほど大変だったのです。

30年間の結婚生活でたまりにたまった物欲の果て

執着の品々、夫の遺品などなど。。。


悟りきってない私には捨てるに捨てられず、それにね

断捨離なんて日ごろから馬鹿にしていたので

梱包した特大段ボールが100数十個ほど!

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背骨を圧迫骨折していても必死で荷造り。

マンションの3階までの階段をを行き来して

大量に捨てたもの数知れず。中でもすごかったのは

主人と経営していた翻訳会社の書類の山でした。

これが、もうさ、重いのなんのって、うお〜〜〜って

叫びたいくらいでした。


助けを申し出てくれる友人や知人もいましたが

一人で30年の思い出とさよならしたかったのです。


でも頭の中は信州でいっぱい。おら〜信州人になるど〜

そのわくわくエネルギーが功を奏したか9月には無事入居。


猫二匹のためにペットタクシーをチャーターして

やっと妹の家についた時は心底ほっとして

彼女の腕にくずおれてしまいました。


おまけに車酔いがひどく。。。でも心はすっきり。

あれだけの労働したわりには寝込みもせず、

すぐ次の日には新居の段ボールの山に座って

おやきをムシャムシャ。超元気なコーレイシャ。


ベッドはまだまだ寝られる状態ではなく

段ボールの谷間に布団を敷いて

屋根があるだけホームレスよりはマシでした。


三か月はネットもつながらず、誰とも連絡とれず

ただ窓から移り行く雲の実況中継を見て過ごしました。

友達には心配かけちゃいました(><)

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空が見えるバルコニーつきのリビングが一番のお気に入り。

二つとして同じ形の雲がないって

不思議だと思いませんか?

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日が落ちれば宵の明星がひときわ輝き。。。


なんとか一人で家具も組み立てて人の家らしくなりました。
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質素だけど、一人じゃもったいないくらいのリビング&ダイニング

ありがたや、ありがたや。。。

ここが段ボールで一杯だったなんて今は信じられない。


折りたたみテーブルはイケアのを奮闘して組み立てました。

これいいですよ。値段お手頃で超おすすめ。

購入した家具らしいものはこのテーブルのみ。

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使い古しの書棚ですけど、夫と私の本でお気に入りだけをここに。

ゴチャゴチャだけど、そのほうが落ち着くのです。

あとの蔵書は仕事部屋と物置にすべて入ってほっとしました。

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でもなんといってもこの部屋のメインはこの方がたですね〜。


この棚は80年代に主人の弟が来日の際作ってくれたもの

もう34年はたったかな〜ものもち良すぎですね!


てなわけで無事に移住計画は実行に移され

御心のままに私は日々をありがたく過ごしています。


コーレイシャで引っ越しを考えている方

なせば成る、体ガタガタの私でもできたんだから

大丈夫ですよ〜〜〜。


引っ越しして落ち着いたころ妹夫婦に聞かれました。

「おばけの学校はどうしたの?」

「全部キャンセルしちゃった」


「え〜〜?もったいないずら」と妹。

それを聞いて義弟が言いました。

「やっと目が覚めたか」

ははは。


この二人、母亡き後不思議体験を

さんざんしてるんですが。。。


義弟は口は重いけど、何かと助けてくれる

心優しい信州人です♪


信州人になって本当に良かっただ〜。




posted by おとめ at 08:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな棲み家

2017年04月13日

小さな村

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私が一人信州へ越したと聞いて長年の親友夫婦が

昨年の暮れにさっそく遊びに来てくれました。


一緒に奈良井宿という山間の小さな村へ。

久しぶりのドライブです。30分ほどで着きました。


京都の古い街並みをぐっと素朴にした感じの村。

周りは山で囲まれています。

古い看板や建物に独特の風情があります。

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村のあちこちに湧水があります。

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生まれて初めて天然のミネラルウオーター飲みました。

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いいなあ、こういう風情大好きです。

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素朴で可愛いおみやげが沢山。

可愛いぽっくり一つ買いました。

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見る物すべてが可愛らしいのよね。あ、ほうづきだ!


ずっと冗談ばかり言って笑ってました。

あ〜〜楽しかった〜〜。

皆さまも是非おいでなして〜良い所ずら〜〜〜






posted by おとめ at 08:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月12日

風花のようにふわりと生きる

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生きることはなんて難しいんでしょう。

でもとにかくも生きてきました。


ある時は楽しく

ある時は苦しく

ある時は死にたくなり

ある時は自分を責め

七転八倒して


でも今まだ生きています。


この世の天国を見ました

それと同時に地獄も見ました。


死別、失恋、破産、ペットロス、挫折、失業、難病。。。

人並みに(?)ありとあらゆる経験をしました。


とどめは最愛の夫の死でした。。。。。


夫の死は私に今まで全く知らなかった世界を

教えてくれました。


夫の魂を追いかけました。すがりました。

今の苦しさから逃れようともがきました。


魂やスピリチュアリズムにのめり込み

霊媒(ミディアム)になるための勉強までしました。


あらゆる手をつくして探しました。

本を数えきれないくらい読み

沢山の人に会い、勉強しました。


そんな折、突然、禅でいうところの「見性」

別の言葉でいえば「覚醒体験」のようなことが起き

それまでとは人生が全く変わってしまったのです。


私は次第に「今」に生きるようになりました。

それまでの自分はこのブログの初めの頃のように

「過去」にとらわれる人間でした。


過去の悲しみ、喜び、幸せ、そういった

「自分」にばかり重きを置いていたのです。


それが「夫の死」という人生最大の難問に面した時

「自分」というものが徹底的に破壊され、ズタズタになり

一度この人生というものをすべて捨ててしまったのです。


何も欲しくない、何もしたくない、未来は無い、

今までやってきた事のすべてに、仕事にも遊びにも

何の価値観も見出せない状態が続きました。


私はただただ悲しんでいました。悲しみの塊でした。

悲しみは私であり、魂の世界でさえその悲しみを

決して拭い去ることはできませんでした。


人と会って悲しみを紛らわせても、家へ帰れば

地獄の淵を歩いていました。この「自分」を

つくづく捨てたい、死にたい、と思いました。


そしてその状態から段々光が見えてきました。

二度目、三度目と見性が起きました。。。

それは素晴らしい体験でした。恩寵でした。


そしてやっとわかったのです。

悲しみ、苦しみの根源が何であるかを。


それは悲しみ、苦しみから逃れようとする

そのこと自体だったのです。


死別後の私はちゃんと悲しんでいませんでした。

苦しんでいませんでした。取り繕っていました。

スピリチュアルの勉強へ逃げ込んでいました。


それがわかったのです。

それから逃げたり、紛らわせようとするのを

すっかりあきらめた時、天が恩寵を与えてくれました。


天は都会から私を田舎へ連れてきました。

それまでのスピリチュアリズムや霊媒の勉強から

完全に引き離されてしまいました。


それが良いことだったのか、そうでないのかは

まだわかりません。ただ言えるのは結果として

心がこの上なく軽くなった事は間違いありません。


その代わりに今まで全くちんぷんかんぷんだった

道元さんやクリシュナムルティのいう事が

手に取るように腑に落ちてきたのです。


山が見えます。林があります。

空がとてつもなく大きいです。


自然を幼子のような目で見ていると

今まで何もちゃんとは見ていなかったこと

何もちゃんとは味わっていなかったこと

に気づきました。


見る物、味わうもの、出会う人々、風景

すべて、すべてがいとおしく、美しく

自分がその中に溶け込んでいるような感覚です。

そしてただただ湧き起ってくるのは愛と感謝です。


そんないろいろな事を味わいながら

悲しみの中にも自由の感覚があります。


何故ならそれは「今」この瞬間だからです。

この素晴らしい感覚はどこからくるのか

この安らぎ感はどこからくるのか。。。。


それはそのまんまの日常でした。

身近に起こる事すべて、喜びも悲しみも

そのまま味わうために生まれてきたのです。


大げさな事などなにもいらなかったのです。

そのままで幸せだったのです。

悲しみさえも幸せなことなのです。


それを味わっている、体験している存在

それが私でありすべてでもあるのです。


田舎へ越してはじめて風花(かざばな)を見ました。

それは晴天の時に舞う小雪です。


山を下りてふわふわとただよい

やがてす〜っと落ちて大地へと帰ります。

大地からまた立ち昇ってやがて雲となり、

そのまま命は続きます。


私たちはみんな風花。。。

一つの雲のかたまりから生まれ

一つの命を生きているのです。

誰も生まれないし、死にもしない。。。

けれども満ち溢れる今のこの感覚。


離れ離れに見えてもみんな本当は一緒。

それでいてひとつひとつが果てしなく自由なのです。。。


風花が舞うようなあるがままの日々

ささやかな日常の出来事や心に浮かぶこと。。。

そんな事を書いていきたいと思います。




posted by おとめ at 18:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | いきさつ

2017年04月11日

ブログリニューアルについて

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2007年から細々と書き始めたこのブログも

人生の荒波に翻弄され、何がなんだかわけのわからない

トホホなブログ、不思議ちゃんになってしまいました。


「いきさつ」にも書きましたが、2014年に夫を亡くし

2015年か16年はじめ頃だったでしょうか、

はっきりしないのですが、「ある体験」をしてから

人生がこれまでとは全く変化してしまいました。


その間紆余曲折ありましたが、過渡期には

頭脳が混乱し、さまざまな知識がどっと入ってきて

乱文、混乱の至りを尽くして書いてきました。


ブログが最初の頃にお友達になった方々には

大変不快な思いをさせてしまったかもしれず

ここで深くおわび申し上げます。


その後、神様(と呼びたい誰かわからない存在)

の助けで長野県という絶好の安住の地を見つけ

混乱した頭もアルプスの山の水の冷たさで正気にもどり

やっとこさ日々穏やかに過ごせるようになりました。


当初のブログのコンセプトからはだいぶ離れるので

このブログを削除して新たに作成も考えましたが、

続けて下さいとの暖かいお声もいただき、迷った末

どうにもめんどくさい!のでこのまま書き続けることに。。。


ただし2015〜16年以前の記事にある「自分」からは

今は全く別人であるということをお断りしなくてはなりません。

その頃のキャラもそれなりに好きですけどね。。。


今はやっと見つけた事。。。苦しみとさよならする方法や

ラクに生きる方法など。。。それを微力ながら

読みたい人に伝えられたり、シェアできれば

それでいいかな〜と思うようになりました。


ベースに流れるのは禅やアドバイタの考えですが、

わかりにくい点も多いと思いますので、まあ

わかってくれる人やわかろうとしてくれる人

一緒にわかっていきたいな〜と思っている人

だけが読んで下さればそれで本望だとは思っています。


新しい環境で軽いタッチで、ありのままを

これからも書いていきたいと思います。


脳ミソ混乱時に書いた記事に関しましては

点検の上、必要ならば再度アップさせていただきます。

これからも宜しくお願いします。

(下町おとめ⇒アルプスおとめより)