2014年10月31日

諸刃の剣

CIMG2419.JPG
10月に図書館で借りた本


読んでも読んでも興味は尽きる事が無く

この世にある書物は無限だ。


その中からこれだ!と思うのを見つけるのは

本当にむずかしい。


特に欧米発の啓発本やスピ本などはかなりアブナイと思う。

チャネリングとかチベットに行ったとか天使とか。。。

とにかくお手軽で、すぐに癒してくれようとする。


金髪で青い目で羽のはえた天使のイメージで

スピ・ビジネスをしている人も多い。

(何故金髪なのか?ギモンで仕方がない)


人気のあるドリーン・バーチューもそうだ。

この人、かなり商売人だと思う。

ミディアムとしては本物かも知れないけれど

セッション受けた事は無いので。。。(笑)


この人のコースで勉強するといわゆるミディアムとしての

「資格」が認定されるらしい。

だけどミディアムってそんなに手軽なものなの?

ウッソ〜〜〜って感じ。


同じ商売人でもアリソンデュボアやヴァン・プラグなどは

もっと好感がもてるけれど。

最初は全くお金をとらなかったというゴードン・スミスは

もっとずっと好きだけれど。


でも、なんで、よりによってみんながみんなの守護例が

古代インディアンとかうさんくさい中国人のおっさんなの?

理由を知っている方がいたら教えてほしいのですが。


アメリカ発のものでいわゆる「引き寄せ」というのがある。

あれは唯物主義のなにものでもないんじゃない?


それを霊魂とかスピリットと一緒にするからにくらしい。


宇宙さんにお願いしてなんでも好きなものがもらえる

なんていう本が図書館で予約一杯なので

読んでみたらトンデモ本だった。


もうちょっとではまりそうになった「奇跡のコース」

これもかなりウサンクサイと感じるようになった。

目が覚めた。

くわばら、くわばら。


その意味でシュタイナーもかなり読み込んできて

どうやら諸刃の剣らしいことがわかってきた。


たとえばシュタイナーは「批判すること」を禁じているが

批判精神なしに本を濫読するのはとても危険だ。

人間関係を潤滑にするには特効薬だけれど。


またけっこう人種差別的なところもあるのよね。

シュタイナーさんて。


というわけであっちこっちつまずき歩く私でした〜

。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


posted by おとめ at 14:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本の感想

2014年10月17日

やっと八百屋で買い物できた。

CIMG2412.JPG

真っ赤なトマト250円!今年の食べ収めだね。



夫と結婚して以来30年以上住み続けたこの町に

たった一軒、今も変わらず営業している

激安の八百屋がある。


夫婦二人で働いていたので、

夕方は忙しく、とりあえず私が先に買い物へ。


スーパーを回って、荷物が一杯になった頃

この激安八百屋で私が品定めしていると

一仕事終えた夫が必ず来てくれた。


特にこの十年ほどは難病もちの私を気遣って

荷物を持とうと八百屋の店先でじっと待っていた主人。


その姿が忘れられずずっとこの八百屋へは行かれなかった。

同様にしてSスーパーへも。


葬儀のあと妹がしばらくいてくれた時は

普通に行かれたはずだったが。。。

妹が帰ってしまった後はまるでダメだったのだ。


店の前でじっと待っていたのは

主人はまるで料理のことはわからず

一緒に買い物するとかえって私が混乱するだろう、と

そこまで考えてくれていたためだった。


その点では私はとてもめぐまれていたと思う。

なまじっか料理ができたり、味にうるさい夫だと

一緒に買い物するのはさぞかし大変だろう。


この八百屋には鬼瓦のような顔をした

面白いおじさんがいて、夫はその人のことを

「フランキー」とあだ名をつけていた。


フランケンシュタインのことだ(笑)

もちろん親しみがこもっていた。


閉店まぎわに行くと

「おねえさん、ニラ5束100円でいいよ」とか


「お母さん、もう持っててよ。200円!」

と大きなスイカを指差したり。。。


その時々でおねえさんとかお母さんとか呼ばれて

ちょっと複雑な気分なのだが。。。(笑)


夫亡き後、半年にしてやっと思い切って

この八百屋へ行った。


フランキーは相変わらずだった。
CIMG2413.JPG

青ねぎ三束100円!


久しぶりに青物食べた〜。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m







posted by おとめ at 19:59 | Comment(6) | TrackBack(0) | 今日の幸せ

2014年10月15日

赤い糸

台風がきて爽やかになったのも束の間

今日はわびしい秋雨の日


ただぼんやりとしているのも惨めなので

ご無沙汰している作品作りにとりかかった。

CIMG2398.JPG


ずっとやる気が起きなかったが

(てか、必死に働かなきゃいけない状態なのに。)



お金にならない小物はずっとやらなかったが

やはり本当に作りたいものはこうしたものだ。


不思議なもので無心に針を動かしていると

とても心が安らぐ。


時折かつてを思い出して涙が流れるが

できあがる楽しみに引かれて作るうちに

可愛い巾着ができた。


モノを作ったり、何か好きなことに没頭していると

アルファ波が出て一種の瞑想状態になるそうだ。


TVを見ながらとか、ではなく

真に没頭する。


周りの音が聞こえなくなる状態。。。というのか。


この状態を経験するとやみつきになる。


物づくりをする人はみんなわかっていると思う。


編み物や絵を描いたり、瞑想はもちろん

ガーデニングや工作など、とにかく没頭できるもの。


ジグソーパズルなんかもいいかもね。

サッカーや野球などのスポーツ観戦


あるいはひょっとしたらパチンコもそうじゃないかな。


私も夫もやったことないけど。


あれも周りの音とか聞こえなくなりそう。

じゃなかったらあんなやかましいところに

何時間もいられないと思う。


何かに集中する事。。。


悲しみを束の間遠ざけてくれる。


それにしても


赤い糸。。。いまどこにあるのだろう。

私たちの赤い糸は。。。


この世にあって伴侶が見つからない人は

あの世で片方が見守っている場合があるそうだ。


前世では夫婦であったが

「あなたはもう十分勉強したからね。

私はまだまだだから今度は私だけ生まれて

いっちょ修行してくるよ。

あなたはゆっくり休んでて」

てな具合らしい。


あの世に電話でもできたらいいのに。


そしたら「私たちの赤い糸はどうなったの?」

て聞けるのに。


そんなとりとめの無い事を考えた一日だった。

夫がほほえんでる気がした。


作品のできあがりをご覧になりたい方はこちらへどうぞ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m



posted by おとめ at 17:10 | Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の幸せ

2014年10月13日

死なんてない、一つがすべて

雲黒斎「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」

CIMG2393.JPG


60年代に大ヒットした医師ものドラマがあった。

「ベン・ケーシー!」というかっこいい英語の声と共に

病院の廊下をストレッチャーが全速で走っていく。

ベンケーシーの濃い顔が覗き込む。。。場面が変わって

鉄腕アトムに出てくる御茶ノ水博士が

三日くらい断食したみたいな風貌の

ゾーバー先生の手で黒板に記号が描かれる。。。


♂ 男



♀ 女



* オネエ。。。じゃない、誕生



+ 死



∞ 永遠




あの印象的なシーンを覚えている方は

多分そろそろコーレイシャと呼ばれる年頃だろう。

「交霊者」じゃないよ(笑)


主人公ベンケーシーの美形にうちの母親はうっとりしていた。

顔にポンズのコールドクリームを塗りながら。


中学生だった私は最後の ∞ (永遠)がとても気になった。

そして半世紀後の今も気になっている。


最近そんな私に大いなるヒントをくれる本に出会った。

「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」

始めに刊行された「あの世に聞いた、この世の仕組み」の

続編本だが、私にはこちらの方がダントツに面白かった。


雲黒斎(ウンコクサイ)というかぐわしいペンネームの作者は

多分私の半分くらいのお年だと思うが、かつてはうつ病で

かなり苦労されたらしい。


その後守護霊の雲さんが著者である黒斎さんに乗り移って

真実を語りだしたのだという。


眉にツバをつけながら「どれどれ。。。」と読んでみると。。。


もう、あーた!

これがぐいぐい引き込まれてあっという間に終わり。

独特のユーモアセンスがあって読みやすいのだが

書いてあることは深遠きわまりなく、何度も読み返した。


何回読んでもスルメを噛んでるみたいに味わい深い。

「死は存在しない」「僕たちは死なない」というか「死ねない」

「一人一人の命が存在するというのは幻想で、命とは

ただ一つのものであり、人はみなその一つの命を共有している。」

というのが本全体の大きなテーマだ。


生命とは「生まれる」のではなく「元からあるもの」

「生まれるのではないから死ぬ事もない」というワケ。

これを図に描いたものが載っている↓

CIMG2394.JPG
図1
一つの全体的な「命」(または「意識」「神」と言ってもいい)を

大きな風船になぞらえてわかりやすく説明している。


この風船は非常に丈夫で割れる事がない

それをつまんで中から空気をいれると

小さなふくらみができる、これがいわゆる「誕生」だ。


つまみたての赤ちゃんはまだ大きな風船の記憶を持っている。

だから新しい意識が誕生したわけではなく意識は元の

大きな風船の意識が入っている。(図1)


このふくらみがたくさんできると人口の増加となる。

CIMG2395.JPG
図2


しかしこのつまみを捻ると元の意識や記憶からは閉ざされる。

そして自分だけの意識をもつようになる。(図2)

生後の学習や経験で捻れがどんどん強くなる。

それが「自我」だ。捻れの状態は「カルマ」と呼ばれる。


「カルマ」については今は難しすぎるので詳しく書けないが

大風船の中に入っていた神の記憶のデータから

分離されて、個々人としての意識を持ってしまうことらしい。


この捻れを元に戻す事が「カルマの解消」つまり

俗に言う「さとり」で、自我が無くなり

大風船(神)の意識と一つになることだ。


そして死とはこのふくらみがしぼんで再び大風船に吸収され

元の風船内の空気と合体することらしい。(図3)


そしてこのとき個人のもっていた記憶やデータは

そのまま大風船に吸収され、蓄積される。

それをシュタイナー風に言うと「アカシックレコード」と呼ぶ。


ただふくらみが無くなっただけで

元の風船自体は存在し続けるから

「死」はありえない。とこうなる。

CIMG2396.JPG
図3

それが「般若心経」でいうところの「不生不滅」だという。


ここまで読んで「まてよ?」とひらめいた。

この理論何かにそっくりだったのだ。


そうだ!今必死に取り組んでいる

「奇跡のコース」そのものじゃないか。


あのブロック塀のブロックを引っぺがしたような

恐ろしく分厚い教則本。アマゾンでも売っている。

おまけに三冊組ものとなっている。

読者をして百科事典のセールスマンになった気にさせる本。


シュタイナーの全著作の読破というそら恐ろしい計画と共に

私は今何とかこれをモノにしようとあがいているのだ。


別にカテゴリを組んでブログでも書いていこうと思っている。


「この世のすべては幻想」(あーたも私も机も椅子も

大好きなイクラのお寿司も、きのこの山もすっぱムーチョも。。。)

「自我を捨て精霊(神)と一体になる」

「エゴ(つまり自我)を捨てる」などなど。。。


のっけからちんぷんかんぷんだった「奇跡のコース」

その意味がなんとなく雲黒斎さんのおかげで

うっすらとだがわかってきた。


だがあれは「仏教」では無く「キリストの言葉」だった筈だ。

宗教なんかでは決して無いけれども。。。


そうか!真実はつながっていたのだ。


いいぞ、いいぞ幸先いいぞ!

すべてはつながっているのだ。


風船捻っただけだから、そのうち私もしぼんで

風船の中で待ってる夫に会えるのだ。


あなたも私も、彼も彼女も

元は一つの大風船の中にいたのだ。


この捻れを解消する事、つまり

自我をなんとかして取り除く事で

この世の人の心の壁(わかりあえないという状態)

が取り除かれ、生き易くなる、と黒斎さんは言う。


それはつまり奇跡のコースでいうところの「分離の消失」

または「ワンネス」とも言うそうだ。

風船の中の意識とつながることだ。


そしてそれが広がっていく事で社会システムも変わり

より愛に満ちたものになるという。

それがLTE。。。Love(愛)、Thanks(感謝)、Enjoy(楽しむ)

の時代で、これについてはあとで書こうと思っているけれど

素晴らしいことには間違いない。


自我を取り除くには恐れ、不満、不安、不信感、怒り

傲慢、罪悪感、劣等感、差別、軽蔑を手放せばいいそうだ。


これはシュタイナーが霊能力を開発するための著書

「いかにして高次の世界を認識するか」の中で

同じような事を述べている。


シュタイナー風に言うと怒りや不機嫌のほかに、臆病な心、迷信

偏見、虚栄心、名誉欲、好奇心、無駄なおしゃべり、性差別など

これらを取り除く事によって、すべての人が本来もっている

霊的能力を目覚めさせる事ができるという。


と言っても一筋縄にはいかないよね、こんなこと。


でも何だかウンコクサイさんの追っかけになっちゃった。

ブログにいりびたっている。

フンコロガシになりそうな自分が怖い〜

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(_)m



posted by おとめ at 11:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | 読んだ本の感想

2014年10月11日

悲しみを少しでも軽く。。。

乃木坂駅前のペルー料理屋「NAZCA]にて
CIMG2353.JPG

夫が亡くなって早くも半年がたった。

恥ずかしながらまだ毎日涙が出る。とてもじゃないが

ウキウキと外出する気分にはなれない。

もともと極端な出不精の私。


そんな私を孤独な毎日からさんさんと日の輝く外へと

引っ張り出してくれる友人は貴重だ。

引きずり出された私はオロオロとして

陽に急に当たったモグラのように緊張する。

けれども一旦外へ出てみるとけっこう気分は良くなる。


先日はCさん、Sさん、Dさんと一緒に

上の写真のようなものをいただいた。

代々木公園の時の恨みを見事にはらしたってワケ。

炭火焼の鶏丸焼きは今回はなかったけど。


下町育ちには「乃木坂」なんて恐れ多い場所は

めったに、というか足を踏み入れたのは始めて。

でも乃木坂散歩なんてするヒマがないくらい

この店は駅のすぐ近くにある。


ペルー風の炊き込みご飯(アロス・コン・ポーリョ)や

レモン味の利いた魚介のマリネ(セビーチェ)

牛肉とじゃがいものトマト炒め(ロモ・サルタード)

どれもこれもおいしかった。


ここのお店は日系人の方がやっているせいか

お箸を出してくれる。それがとてもいい。


あたりさわりの無い話で楽しくランチした。

みんなの思いやりが感じられた。


Cさんはニューヨークにマンションを所有するほどの

真のキャリアウーマン、独身。夫の翻訳仲間でもあった。

Sさんは娘さん、お孫さんがいる可愛いおばあちゃん。

Dさんは大病を克服して長い事OLをしている。

立場はそれぞれ全く違う。


私は皆の話に耳を傾け

Sさんの娘さんの結婚式の写真を見たり

Dさんの脳腫瘍が見事に全快した話や

Cさんが今没頭しているという沖縄の研究

などなどの話題に集中した。

久しぶりに笑いもした。


なんだかだんだん悲しみが遠のいて

この座に私を置いてくれた皆への

感謝の気持ちで一杯になった。


みんなそれぞれが人生の修羅場を乗り越えて

ここに集っている事の素晴らしさ。

どんなに幸せそうに見えても 人は誰でも

心に不安や悲しみ、辛さをかかえているのは同じ。

それを上手に処理しながら生きている人を見るのは心地よい。


心の苦しみや悲しみをうまく発散しないままでいれば

心の病気になるが、それを治す妙薬の一つが

「感謝」の気持ちだ。

ともすれば忘れがちな「感謝」の思い。


感謝の気持ちが満ちてくると

不思議に不安や苦しみや悲しみは遠ざかる。

感謝は愛を生むからだ。

愛のあるところには不安も孤独も無い。

ただ平安があるだけだ。


夫は亡くなったが、夫への愛や感謝の念は

日々大きくなっている。

「普通のことができればいいんだ」とよく言ってた夫。

歩く事も、食べる事も、声さえ出なくなった時

夫はそのことを身をもって悟った。そして人生を卒業した。


パパ、本当の事を教えてくれてありがとう。

幸せとは、新しい服や靴を買ったり、旅行に行く事や、

家や車やお金じゃない。

一時的な慰めはあるかもしれないが、本当の幸せじゃない。


普通に歩けて、食べられて、人と話すことができること。

それこそが幸せ。

家族がいることや、人を愛する事ができること、なんだね。


デザートのピカローネス(かぼちゃのドーナツ)
CIMG2354.JPG
ペルーの露店で食べる味にはかなわないけれど

miel(糖蜜)のかかった味はなかなかだった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(_)m


posted by おとめ at 10:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の幸せ