2011年05月05日

子供の日


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学研「昭和の子供たち」より


昭和30年代のある日

私は学校へ行く道すがら 

折りしも大流行中だった

坂本九の「上を向いて歩こう」を

小声で口ずさみながらも

心の中は不安で一杯だった。

とても寒い朝で 布の運動靴がザクザクと

霜柱を踏んでいたのを覚えているから

多分間冬だったと思う。

その頃キューバ危機というのがあって

通っていた小学校の教室でも

キューバをめぐってソ連とアメリカが

大喧嘩をして 核ミサイルが飛んできて

世界中が放射能に包まれて

みんな死んじゃうのだというウワサでもちきりだった。

木登りしたり 塀から飛び降りたり

そんなお転婆だったワリには

神経質で臆病なところもあった私は

怖くて怖くて仕方なかった。

友達の大部分や親などが

案外平気な顔をしているのを見ると

ますます不安になり、誰にも相談もせず

一人で悶々と苦しんでいた。

誰かに話せば笑われてしまいそうでもあり

わっと泣き出しそうで それも怖かった。

でも本当は力強い大人に早く気づいてもらい

しっかりと抱きしめられて

何も心配ないからね、と励まされ

思い切り泣きたかったのだ、と今は思う。

けれども親はいつも忙しく

そんなことは夢にも期待できなかった。

ストレスで頻繁に中耳炎になった。

「上を向いて歩こう」の希望に満ちた歌詞も

何だか物悲しく聞こえたのを覚えている。

翌年の62年にキューバ危機はピークを向かえ

その後いつの間にか収束した。

私は中学生になり 家も引越ししたので

辛い思いもそのうちにすっかり忘れてしまった。

けれども今にして思い出す

幼心のあの恐怖感。

半世紀たった今でも未だに心がうずく。

まして今回の大震災とそれに続く原発問題では

沢山の幼い心がどんな痛手をこうむったかと

心配で仕方がない。

どんなに心が不安で満たされていても

子供たちは遊ぶし 友達とふざけもする。

でも笑顔の底にはどれほどの苦しみがあるかは

親でもわからないことがあると思う。

かてて加えて遅々とすすまない復興の気配。

給食がパンと牛乳だけだったというニュースも

耳に新しい。

周りの大人たちはどんな小さな事でも

子供達のSOSのサインを見逃さないでほしい。

そしてひんぱんに抱きしめて

普段は無邪気な笑顔に隠れて見えない

心の底にある不安を少しでも溶かしてやってほしい。

子供の日を迎えて

ふとそんな風に思った。

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戦後の復興まもない頃の貧しい給食
をおいしそうに食べる女の子

どんな時代でも子供の無邪気さは変わらない。。。
posted by おとめ at 12:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫と石蹴りとリリアンと