2017年04月23日

ビジネス

↓お墓参りに行ったらいたよ〜

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何かを売るという行為は物品に限らない。。。。

肉や魚や野菜を売ることに何も問題はないし

それは必要なことでしょう。


けれどもその他に特殊なビジネスがある。


売るということは営利が目当てということだ。

どんな綺麗ごとを言っても見えてしまう。


「あなたを幸せにしてあげよう」と言いながら

片手で優しくあなたの肩をたたいて

もう片方の手のひらを上に向けて

「ちょ〜だい」と言っている。


何故なら「私」はそのお金がいるから

何故なら「私」はそれで食べていくから

あなたの悩み、苦しみ、悲しみより

「私」の生活の方が大事だから。。。


あなたは「今」をこばみ

欠点だらけの自分を何とかしようと思う。

またはみじめだった人生を変えようとする。


私だって「何か」になれるに違いない。

今のパッとしない仕事なんておさらばだ。。。。

今の苦しみともさよならだ。。。。。


あの「師」や「先生」みたいになりたいと思い

ますます今いるこの現在の環境が嫌になる。

そして「今」から抜け出してしまう。


クリシュナムルティは動物や花と会話したり

自分のヒーリングやサイキック能力は

ひたすら隠した。死後に甥っ子がすべてを

ばらしちゃうまで。。。。。


彼はひたすら「何でもない人」

になろうとしたのかも知れない。

それこそが私たちができないこと。


人は常に「何か」になろうとする。

今とは違う何か、特別な何か。。。

自分が無価値であることを恐れる。


時として本当の事はあからさまに見えない。

普通の主婦が真理を語り、年寄りが指さし

子供がそのサクランボのような口から漏らす

彼らはあなたのすぐそばにいる。


真実は新緑の輝く葉の一枚にある

山の稜線にもあるし、雨の一滴にもある。

陽の当たった野良ネコの背中にも。

ほら、あそこにも、ここにも。。。。


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たくさんのアクセスありがとうございます。

読んで下さり感謝で一杯です




posted by おとめ at 15:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | そのまんまの日々

2017年04月22日

チューリップ

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引っ越してすぐに植えたチューリップが咲いた♪


質素なベランダガーデンにも春がやってきた。

思いがけず喜びがやってきた。

チューリップは風にそよぎながら

ゆったりと咲いていた。


エゴを消そうと励んだり

浄化されようと努力したり

今まで忙しいことだったな〜。


チューリップを見ていてつくづくそう思った。


何かになろうと必死になったり

人に嫌われないようにしたり。。。

すべてが同じこと。今を否定すること。

そのままでいられない、忙しい心。


もう何も求めない、何もいらない。

この瞬間を見る、生きる、感じること。

ただそのままを生きる事。

与えられた仕事を淡々とすること。


受け入れるのではない、我慢したり、

耐え忍ぶのでもない。

もちろん批判でもない。


汚れた自分や人をそのまま見ること。

そこに限りない平和があるとわかった。

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神聖なものをこちらから求めても無駄。

ただからっぽであること。。。

そこに神聖なものの方からやってくる。

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いつもご訪問ありがとうございます。

あなたも春を楽しんでいますように。









posted by おとめ at 19:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | 小さな花園

2017年04月21日

松本にて

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松本城


今月東京からPちゃんが遊びに来てくれた。

Pちゃんは以前にも書いたが

私の娘のような存在で大切な人。


久しぶりの再会で妹も大喜び。

三人で春の松本へ繰り出した。


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松本はうちから電車ですぐのお気に入りスポット。

上品な城下町だ。

お正月にも大好きな友人3人と行った。

その時も楽しかったな〜。引っ越しして寂しい折

友人が来てくれるのは本当に嬉しかった。


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水の綺麗な松本では街中でも湧水が。


今回は妹も一緒というのがある意味重要なことではあった。

というのも妹は何年間も引きこもりだったから。

それが私が来て半年のうちにまず近所から初めて

徐々に少し遠くまで外出できるようになった。

私はな〜んにもしていない。


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繩手通り(通称カエル通り)では鳩が水浴びをしていた。


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こんな素朴丸出しのお店がいいね。紙のちりとり400円(笑)


Pちゃんは松本がとても気に入ったようだ。

あちこち撮影している。

Pちゃんは世界中を旅行してるのに

ここの古い町並みが特にたまらないようで

蔵通りではそのコーフンがピークに達した。

立て続けにシャッターを押し、即フェイスブックへ(笑)


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蔵通りの定食屋へ。お気に入りの店。外人客が多い。
Pちゃんは名物の山賊焼をペロリ。

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さらにカフェでデザート。みんな別腹には目がない。
お芋を練りこんだクレープとアイスのセットは絶品。


コーヒーを飲みながら妹は怒涛のように話したっけ。

溜まっていたものが吐き出される。

それを私とPちゃんはただ聞いていた。


努力、根性、〜するべき、〜であらねばならない

などなど、捨てちゃえばいいんだ。

人にも自分にもそんなものを課さない事。

人はどんなにそれに絡みつかれていることか。

てか、もともとそんなものに絡みつかれてる

「誰か」はいないんだけどね。

自分でわざわざ作っちゃってる。


Pちゃんは禅もアドバイタも知らないのに

あるがまま、そのままを実行できる人。


明日のことなど考えない。

過去も顧みない。

全人類がお友達であり自分である、

ということが先天的(?)にわかっている。

すごい。


知識がいくらあっても、浄化しても、瞑想しても

あなたはすべてであり、なおかつ、あなたはあなた

という事がわからなければ苦しみは続く。


苦しいのは必ず「自分」があると思うから。

その自分を良くしようとしたり、人と比べて

ねたんだり、今と違う何かになりたいと思うから。


自我の存続と安心を求める心。。。それは粗大ごみ。

それをまず捨てちゃえばいいんだけどね。なかなか。

でも、そこからすべてが始まる。。。

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この看板はうけた〜〜〜

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今日もご訪問ありがとうございます。

あなたとのご縁に感謝です。










posted by おとめ at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月20日

朝ご飯

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朝ご飯を一人静かに食べていたら

ひとくち、ひとくちがおいしくて

ありがたくて、幸せで。。。


窓の外を見たら青空が一杯で

また雲が実況中継をやっている。

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嬉しくて胸が一杯だったよ。

味わって食べるなんて何年ぶりだろう。


ずっと部屋にあるこの果てしないエネルギー

それはすっぽりと全部を包んで

もう何もいらない、これで十分って思った。


私は何もやってないのに、体は暖かい。

何もやっていないのに自然に生きてる。

やってる人は誰もいないのに。


この満ちた感じ。。。

これでいいという感じ。。。

あ〜もう明日などいらないこの感じ!

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posted by おとめ at 14:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな食卓

2017年04月19日

あんずの里

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あんずの里へドライブに連れて行ってくれたよ。

40年以上も前に「ノンノ」という雑誌で見て以来

憧れの場所だったけど、行ったのはこれが初めて。

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行かなきゃって思ったこともないけど

ちゃんと天は連れてってくれたよ。

期待する心が何もなくなった時

恵みがやってきた。

あんずの花は梅と桜のあいのこみたいで、ふっくら可愛い。

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あんずソフトがうまかった。

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どこみてもあんず、あんず、あんず。。。

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あんず、あんず。。。

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ひなびたこんな風景がいいな。



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風が冷たかったけど、ただ圧倒されて見ていた。

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あんず、あんず、あんず。。。。。

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いつもご訪問ありがとうございます。

読んで下さるあなたとのご縁に感謝。
posted by おとめ at 18:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月18日

おばあちゃんの特別な日

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おばあちゃんの誕生日の朝

庭には福寿草が咲いていたよ

今までご苦労さまでしたって言っていたよ。


まだまだおばあちゃんに頑張ってもらおうと

みんなでおフランス料理屋へ行ったね。

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お箸でいただくオードブルおいしかった。

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デミグラスが超おいしかった。ご飯と合うね。

おばあちゃんはあまり嬉しくて

言葉少な目だった。


でも一杯食べていたのを私は見たよ(笑)

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デザートは素敵だった。

あまりおいしいのでキーウイアイス食べちゃってから撮影

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おばあちゃんのデザートのお皿には

チョコレートでメッセージが書かれていた。

もったいないけど、みんなで少しづつ食べた。

おばあちゃんの長寿を祈って。


もう「親」と呼べる人は妹の姑の

この義母だけになってしまった。


まだまだ外は寒かったけど

お店の中は大きな暖かいエネルギーが

私たちを祝福していたよ。


記憶がどんどん薄れていってるおばあちゃん

でもこの日だけは嬉しそうだったね。。。。

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posted by おとめ at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月17日

なたね梅雨


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今。。。よけいな苦しみを作るのは自分

それが分かった時苦しみはない。

ちゃんと見た時、感じた時。


たとえば雨が降っている。。。気がめいる。

それだけで自分が不幸の塊のような気分になる。

それは雨が降るという現実をそのままに

受けとめていないからなんだよね。


雨が降っているそのことが

過去に見た映画や、過去の思い出と重なり

今降っている雨とは別物にしてしまっている。


それをやっている犯人は誰だ?

それは「心」⇒「思考」⇒「自分」←「記憶」←「知識」


あらゆる思考がない時

本当の雨の姿が見えるだろう。

本当の雨の音が聴けるだろう。


雨が降っている事自体に何の問題もない。

しとしと降る雨、雨、雨。。。。。


誰も雨をストップすることはできない。

雨、無数の水滴、冷たい、これはなに?

しとしと、しとしと、頬を濡らすもの

。。。。。。。。。。。。。。。。。。


幼い頃雨の日が大好きだった。

何故なら水たまりに虹があったから。


いつまでもいつまでも眺めていた。

私は水たまりの虹と一つだった。


大きくなってそれが車から漏れた

オイルかガソリンに過ぎないと誰かが言うまで。


あとからつけられた観念や思込みのせいで

私たちって人生を台無しにしてるかもよ。


だから何の先入観も無かった幼年期は幸せなんだ。

なにもかも、ジャッジせず、そのまま見ていた。


ここに大嫌いな人がいるとする。

あなたの頭痛の種だ。

その人の性格が変わって欲しい。

でも。。。

そんな事できるだろうか。

絶対にできはしない。ためしてみよう。


その人を変えようと思うから苦しみが生まれる。

その人はその人でほっておくしかない。


かといってそこで自分を変える必要も無い。

自分も人もそのままでいい。雨と同じこと。


限りなく大きなエネルギーに

すべては一つで一つしかない。


あなたはあなたの世界に

私は私の世界しか見えないけど

両方とも同じ命を生きている。


あなたであるものをどうして変えたりするのか。

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posted by おとめ at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 苦しみについて

2017年04月16日

花祭り

神宮寺(長野県松本市)臨済宗

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宗派を問わず受け入れてくれるお寺です。

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花祭りイベントがあったので連れて行ってくれました。

きのう三年目の命日だったこともあり

行けば楽しいよ、と私をさりげなく誘ってくれる

みんなのその気持ちが嬉しかった。

私が禅が好きだということもあって。。。

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まずお庭を眺めながら振舞われた甘茶をいただきました。

甘茶なんて小学校の時以来です。

山間のこじんまりとしたお寺ですが大広間の襖絵は圧巻。

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素晴らしい作品です。

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廊下にはいかにも禅寺らしい十牛図。。。


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ホールではお釈迦様の誕生祝いと

亡くなった人達のために読経がありました。

松本のおじいちゃんや母、夫の為に

手を合わせました。



その後プチコンサートが。。。

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邦楽の生演奏って初めてです。

素晴らしかった。


ここの住職がとてもオープンな方で

葬儀なども明瞭会計だそうです。

檀家さんも多いと聞いています。

かの永六輔さんと親交もあったとか。


ダジャレを交えながらの住職のスピーチでは

笑い転げちゃいました。たとえば:

福島へチャリティでいらした時、駅のアナウンスに

びっくりされたとか。

「フクスマ〜フクスマ〜。降りる人が死んでから

ご乗車ください」と言っていたそうです。

よく聞くと「ふくしま〜ふくしま〜降りる人が

済んでからご乗車下さい」だった(笑)


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ここのお寺で働く人たちは独特の作務衣を来ています。

タイに工場があり、現地の貧しい人達へ貢献のためだとか。

手織り、手染め木綿だそうで欲しくなりました。

久しぶりの物欲(笑)


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座禅会もあるそうなので行って見たいな〜。

ただし朝5時から(笑)もちろん無料。

VIPなんかを対象に高額の座禅会もあるけど。

ここは違う。何かが違うと感じました。


こういう開かれた正直寺がもっとあちこちに

あってもいいんじゃない?


心穏やかな一日でした。

信州もようやく春の日差しになったずら〜

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今日もお読みいただきありがとうございます。

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posted by おとめ at 19:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月15日

三年目

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三年目の命日〜

愛用していたカップに質素な花を活け

今年もオルゴールを鳴らした。


さてこれから何かが始まるようだけど

何かは私にもはっきりわからない。


ただ書いていきたいという思いだけ

今起こっている。これまではほんの小手調べ

この機会に深く感謝。。。。。


三年間の悲しみは私から何かを取り去った。

そのおかげで人の目が気にならなくなり

仕事への情熱や、何かを成し遂げようとする心や

何か希望を持つことや、期待すること。

すべてが無くなっている。


一見ゼツボー的な状態のようで、自分のどこかも

ゼツボー的だと言っているのだが、なんだか

毎日楽しくてたまらない、という変な状態。


すごくラクで嬉しくて楽しくて。からっぽで。


ただただ大いなる存在が私やすべてを動かし

何も分析せず、批判せず、あるがまま。


さて命日。。。。。

悲しみをちょっとのぞいただけで

人はそこから逃げ出そうとする。

人の悲しみであれ、自分のであれ。

だって苦しいもんね、無理もない。


悲しみ。。。それは底なし沼

出ようともがくほど深みにはまる。


でももがかず、そこに飛び込み

悲しみとただただ一つになり

思い切り悲しみ嘆かなくてはならないんだ。

それこそが生まれてきた理由。

気丈にふるまう必要などないし。


ただし、悲しみの成分を思い知らないと。

それはあなたが見たくないもので一杯。


「寂しいから」「一人にされたから」

「生活できないから」「優しかった(私に)」

「つまらない私を何かにしてくれた」

「私の孤独を慰めてくれた」「料理してくれた」

「いつもどこかへ連れて行ってくれた」

「あの子は私の唯一の希望だった」などなどあるけど

そこにある「自分」「我」という成分が

人は誰でも見たくないもの。


そして「何もしてやれなかった」これさえもだ。

何故なら何もしてやれなかった「自分」だから。

それを正当化する心がどこかにあるからだ。


すべて「自分」でできている。

でもだからって自分を責めたりしない。

ただ勇気を出して見つめる、それだけ。

何も考えずただ悲しむだけ。


それは時として残酷でとても辛い作業。

でも見つめなければあなたは救われない。


それは「愛」ではなかった。

涙を流しながらとことん気づく。


あなたの悲しみはあなただけの宝物。

あなたと亡くなった人は一つなんだ。


ぎりぎりまで悲しんだあなたは

そのうちにエネルギーで一杯になる。

そして本当の愛を知ることになる。


どこへも行っていない。行きようがない。

だって元々一つなんだから。


どこにも行っていない。今ここにいる。

あなたは私であり、すべて。。。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。



たくさんのアクセスありがとうございます。

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posted by おとめ at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2017年04月14日

コーレイシャとお引っ越し

「いかにして信州へ移住したかのストーリー」
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床が見えなくなって空太はてっぺんがベッドルーム。


夫を亡くして、母を亡くして、子供もおらず、と

こう書くといかにもみじめったらしいですが(笑)

要するに東京に一人ぽっちのコーレイシャである私を

妹夫婦は本当に心配してくれました。


特にストレス性の心臓発作で2014年の暮れに

とうとう入院してしまってからは

妹はいてもたってもいられなくなったようで。


「信州においでよ」と何度も誘ってくれました。

東京の家賃は高いし、私も行きたかったのですが

コーレイシャ兼ミボー人+猫二匹に

なかなか適切な物件は現れずあきらめていました。


そして悲しみから逃れようと、日々瞑想したり

霊媒学校へ通ったりと忙しくしていました。

そして二年半ほどが経ちました。


一生懸命自分を浄化しようとしたり

スピリチュアリズムの本を片っ端から読んだり

霊界とつながることばかり考えていました。


元々霊感?の強い家系であったようなので

学校でほめられたのを良いことに、ますます

あらぬ方向へとのめり込んでいたのです。

コーレイシャならぬ交霊者でした(笑)


ていうかね、誰でも瞑想したり集中すれば

霊を見たり聞いたり感じたりはするようになります。

「オーラが見える」とかね。確かにおもしろい。


でも禅ではそれを「魔界」と読んで一切しりぞけます。

座禅を組めば誰でも不思議体験はするそうです。

坊さんは「見えたぞ!」とか大騒ぎはしませんけど。

もちろんこれは悟りとは全く別の話ですけど。


だからってわけじゃないですが、やっぱり導きなのか

禅やアドバイタにひかれる私には、自然に

スピリチュアリズムの世界への足が遠のきました。


でも魂があるということは事実なのかも知れません。

手や足や建物があるのと同じように。。。


おっと、話がだいぶそれちゃった。

引っ越しの話でしたっけ。

物件はなかなか見つかりませんでした。

それが!!

母親が夏に亡くなったとたん

妹のところから徒歩圏内にマンションが、それも

コーレイシャ歓迎、ペットOK、間取りゆったり

おまけにお隣がペットクリニック!!

無くてはならぬ図書館まで歩いて一分!

家賃は東京の三分の一!(てか住所が大字だし)

という信じられない物件が見つかりました。


あの「体験」以来、来るものはすべて拒まない

というポリシーになったので即見に行きました。

仏の導きじゃ〜〜〜というわけです。


それと同時に捨てるのもあっさりになったので

これまでやっていたクラスをすべてキャンセル。

先生方には申し訳ないことをしましたけど。。。

眼には見えぬパワーの導きには逆らえませんのでした。


夏の暑い盛りでしたが、一目で気に入り即契約。

9月への引っ越しへと向けて準備がはじまりました。


ところがあーた、これがもう死ぬほど大変だったのです。

30年間の結婚生活でたまりにたまった物欲の果て

執着の品々、夫の遺品などなど。。。


悟りきってない私には捨てるに捨てられず、それにね

断捨離なんて日ごろから馬鹿にしていたので

梱包した特大段ボールが100数十個ほど!

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背骨を圧迫骨折していても必死で荷造り。

マンションの3階までの階段をを行き来して

大量に捨てたもの数知れず。中でもすごかったのは

主人と経営していた翻訳会社の書類の山でした。

これが、もうさ、重いのなんのって、うお〜〜〜って

叫びたいくらいでした。


助けを申し出てくれる友人や知人もいましたが

一人で30年の思い出とさよならしたかったのです。


でも頭の中は信州でいっぱい。おら〜信州人になるど〜

そのわくわくエネルギーが功を奏したか9月には無事入居。


猫二匹のためにペットタクシーをチャーターして

やっと妹の家についた時は心底ほっとして

彼女の腕にくずおれてしまいました。


おまけに車酔いがひどく。。。でも心はすっきり。

あれだけの労働したわりには寝込みもせず、

すぐ次の日には新居の段ボールの山に座って

おやきをムシャムシャ。超元気なコーレイシャ。


ベッドはまだまだ寝られる状態ではなく

段ボールの谷間に布団を敷いて

屋根があるだけホームレスよりはマシでした。


三か月はネットもつながらず、誰とも連絡とれず

ただ窓から移り行く雲の実況中継を見て過ごしました。

友達には心配かけちゃいました(><)

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空が見えるバルコニーつきのリビングが一番のお気に入り。

二つとして同じ形の雲がないって

不思議だと思いませんか?

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日が落ちれば宵の明星がひときわ輝き。。。


なんとか一人で家具も組み立てて人の家らしくなりました。
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質素だけど、一人じゃもったいないくらいのリビング&ダイニング

ありがたや、ありがたや。。。

ここが段ボールで一杯だったなんて今は信じられない。


折りたたみテーブルはイケアのを奮闘して組み立てました。

これいいですよ。値段お手頃で超おすすめ。

購入した家具らしいものはこのテーブルのみ。

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使い古しの書棚ですけど、夫と私の本でお気に入りだけをここに。

ゴチャゴチャだけど、そのほうが落ち着くのです。

あとの蔵書は仕事部屋と物置にすべて入ってほっとしました。

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でもなんといってもこの部屋のメインはこの方がたですね〜。


この棚は80年代に主人の弟が来日の際作ってくれたもの

もう34年はたったかな〜ものもち良すぎですね!


てなわけで無事に移住計画は実行に移され

御心のままに私は日々をありがたく過ごしています。


コーレイシャで引っ越しを考えている方

なせば成る、体ガタガタの私でもできたんだから

大丈夫ですよ〜〜〜。


引っ越しして落ち着いたころ妹夫婦に聞かれました。

「おばけの学校はどうしたの?」

「全部キャンセルしちゃった」


「え〜〜?もったいないずら」と妹。

それを聞いて義弟が言いました。

「やっと目が覚めたか」

ははは。


この二人、母亡き後不思議体験を

さんざんしてるんですが。。。


義弟は口は重いけど、何かと助けてくれる

心優しい信州人です♪


信州人になって本当に良かっただ〜。




posted by おとめ at 08:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小さな棲み家

2017年04月13日

小さな村

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私が一人信州へ越したと聞いて長年の親友夫婦が

昨年の暮れにさっそく遊びに来てくれました。


一緒に奈良井宿という山間の小さな村へ。

久しぶりのドライブです。30分ほどで着きました。


京都の古い街並みをぐっと素朴にした感じの村。

周りは山で囲まれています。

古い看板や建物に独特の風情があります。

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村のあちこちに湧水があります。

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生まれて初めて天然のミネラルウオーター飲みました。

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いいなあ、こういう風情大好きです。

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素朴で可愛いおみやげが沢山。

可愛いぽっくり一つ買いました。

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見る物すべてが可愛らしいのよね。あ、ほうづきだ!


ずっと冗談ばかり言って笑ってました。

あ〜〜楽しかった〜〜。

皆さまも是非おいでなして〜良い所ずら〜〜〜






posted by おとめ at 08:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2017年04月12日

風花のようにふわりと生きる

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生きることはなんて難しいんでしょう。

でもとにかくも生きてきました。


ある時は楽しく

ある時は苦しく

ある時は死にたくなり

ある時は自分を責め

七転八倒して


でも今まだ生きています。


この世の天国を見ました

それと同時に地獄も見ました。


死別、失恋、破産、ペットロス、挫折、失業、難病。。。

人並みに(?)ありとあらゆる経験をしました。


とどめは最愛の夫の死でした。。。。。


夫の死は私に今まで全く知らなかった世界を

教えてくれました。


夫の魂を追いかけました。すがりました。

今の苦しさから逃れようともがきました。


魂やスピリチュアリズムにのめり込み

霊媒(ミディアム)になるための勉強までしました。


あらゆる手をつくして探しました。

本を数えきれないくらい読み

沢山の人に会い、勉強しました。


そんな折、突然、禅でいうところの「見性」

別の言葉でいえば「覚醒体験」のようなことが起き

それまでとは人生が全く変わってしまったのです。


私は次第に「今」に生きるようになりました。

それまでの自分はこのブログの初めの頃のように

「過去」にとらわれる人間でした。


過去の悲しみ、喜び、幸せ、そういった

「自分」にばかり重きを置いていたのです。


それが「夫の死」という人生最大の難問に面した時

「自分」というものが徹底的に破壊され、ズタズタになり

一度この人生というものをすべて捨ててしまったのです。


何も欲しくない、何もしたくない、未来は無い、

今までやってきた事のすべてに、仕事にも遊びにも

何の価値観も見出せない状態が続きました。


私はただただ悲しんでいました。悲しみの塊でした。

悲しみは私であり、魂の世界でさえその悲しみを

決して拭い去ることはできませんでした。


人と会って悲しみを紛らわせても、家へ帰れば

地獄の淵を歩いていました。この「自分」を

つくづく捨てたい、死にたい、と思いました。


そしてその状態から段々光が見えてきました。

二度目、三度目と見性が起きました。。。

それは素晴らしい体験でした。恩寵でした。


そしてやっとわかったのです。

悲しみ、苦しみの根源が何であるかを。


それは悲しみ、苦しみから逃れようとする

そのこと自体だったのです。


死別後の私はちゃんと悲しんでいませんでした。

苦しんでいませんでした。取り繕っていました。

スピリチュアルの勉強へ逃げ込んでいました。


それがわかったのです。

それから逃げたり、紛らわせようとするのを

すっかりあきらめた時、天が恩寵を与えてくれました。


天は都会から私を田舎へ連れてきました。

それまでのスピリチュアリズムや霊媒の勉強から

完全に引き離されてしまいました。


それが良いことだったのか、そうでないのかは

まだわかりません。ただ言えるのは結果として

心がこの上なく軽くなった事は間違いありません。


その代わりに今まで全くちんぷんかんぷんだった

道元さんやクリシュナムルティのいう事が

手に取るように腑に落ちてきたのです。


山が見えます。林があります。

空がとてつもなく大きいです。


自然を幼子のような目で見ていると

今まで何もちゃんとは見ていなかったこと

何もちゃんとは味わっていなかったこと

に気づきました。


見る物、味わうもの、出会う人々、風景

すべて、すべてがいとおしく、美しく

自分がその中に溶け込んでいるような感覚です。

そしてただただ湧き起ってくるのは愛と感謝です。


そんないろいろな事を味わいながら

悲しみの中にも自由の感覚があります。


何故ならそれは「今」この瞬間だからです。

この素晴らしい感覚はどこからくるのか

この安らぎ感はどこからくるのか。。。。


それはそのまんまの日常でした。

身近に起こる事すべて、喜びも悲しみも

そのまま味わうために生まれてきたのです。


大げさな事などなにもいらなかったのです。

そのままで幸せだったのです。

悲しみさえも幸せなことなのです。


それを味わっている、体験している存在

それが私でありすべてでもあるのです。


田舎へ越してはじめて風花(かざばな)を見ました。

それは晴天の時に舞う小雪です。


山を下りてふわふわとただよい

やがてす〜っと落ちて大地へと帰ります。

大地からまた立ち昇ってやがて雲となり、

そのまま命は続きます。


私たちはみんな風花。。。

一つの雲のかたまりから生まれ

一つの命を生きているのです。

誰も生まれないし、死にもしない。。。

けれども満ち溢れる今のこの感覚。


離れ離れに見えてもみんな本当は一緒。

それでいてひとつひとつが果てしなく自由なのです。。。


風花が舞うようなあるがままの日々

ささやかな日常の出来事や心に浮かぶこと。。。

そんな事を書いていきたいと思います。




posted by おとめ at 18:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | いきさつ

2017年04月11日

ブログリニューアルについて

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2007年から細々と書き始めたこのブログも

人生の荒波に翻弄され、何がなんだかわけのわからない

トホホなブログ、不思議ちゃんになってしまいました。


「いきさつ」にも書きましたが、2014年に夫を亡くし

2015年か16年はじめ頃だったでしょうか、

はっきりしないのですが、「ある体験」をしてから

人生がこれまでとは全く変化してしまいました。


その間紆余曲折ありましたが、過渡期には

頭脳が混乱し、さまざまな知識がどっと入ってきて

乱文、混乱の至りを尽くして書いてきました。


ブログが最初の頃にお友達になった方々には

大変不快な思いをさせてしまったかもしれず

ここで深くおわび申し上げます。


その後、神様(と呼びたい誰かわからない存在)

の助けで長野県という絶好の安住の地を見つけ

混乱した頭もアルプスの山の水の冷たさで正気にもどり

やっとこさ日々穏やかに過ごせるようになりました。


当初のブログのコンセプトからはだいぶ離れるので

このブログを削除して新たに作成も考えましたが、

続けて下さいとの暖かいお声もいただき、迷った末

どうにもめんどくさい!のでこのまま書き続けることに。。。


ただし2015〜16年以前の記事にある「自分」からは

今は全く別人であるということをお断りしなくてはなりません。

その頃のキャラもそれなりに好きですけどね。。。


今はやっと見つけた事。。。苦しみとさよならする方法や

ラクに生きる方法など。。。それを微力ながら

読みたい人に伝えられたり、シェアできれば

それでいいかな〜と思うようになりました。


ベースに流れるのは禅やアドバイタの考えですが、

わかりにくい点も多いと思いますので、まあ

わかってくれる人やわかろうとしてくれる人

一緒にわかっていきたいな〜と思っている人

だけが読んで下さればそれで本望だとは思っています。


新しい環境で軽いタッチで、ありのままを

これからも書いていきたいと思います。


脳ミソ混乱時に書いた記事に関しましては

点検の上、必要ならば再度アップさせていただきます。

これからも宜しくお願いします。

(下町おとめ⇒アルプスおとめより)





2017年03月11日

真実をのぞいちゃった時

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それは何も特別なことではありません。

あなたに起こったかも知れないし

起こらないかも知れないけれど。。。


どっちにしても大した体験ではありません。


体験してもしなくてもどっちが偉くて

どっちがダメということでは全くありません。


けれども一つ言えることは、この体験後

人生がとてつもなく変わった、という事です。


全く今までとは価値観が違ってしまったのです。

そしてとてつもなく自由な心だけがあります。


でもそれは真実を理解するのには

より便利になるかな〜というだけのことです。

興味が無い人はただの寝言だと思って

スルーして下さいね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。


それは最愛の夫を亡くして一年ほどたった頃でした。

私は死別の苦しみでがんじがらめになっていました。


ある朝、ベッドで一冊の画集を見ていたら突然涙が

とめどもなく溢れてきました。


私は立ち上がって隣の部屋へ行きました。

部屋は激変していました。

机も、窓も、椅子もなにもかもが光り輝いていました。


パソコンが神様のように見えました。

散らかった部屋は天国と化していたんです。

そして自分がその部屋そのものになった感じがして

全体を何か強烈なエネルギーが満たしていました。


心にはなにも浮かびませんでした、ただ驚きと

喜びがありました。そしてどこからともなく

「全部このままでいいんだ!」という声のような

考えのようなものが浮かびました。


何も変わらなくていい。。。。。

すべてが「愛」そのものでした。

私は至福の真っただ中にいました。

その状態は2,3日続きやがて消えました。


私はその出来事が妙に気になりました。

友達や家族にも話しました。

けれどもその事を真にわかってくれる人は

当然のことながら、いませんでした。


そしてまた苦しみが戻ってきました。

そんな折またあの「体験」がやってきたのです。

ある日、読書をしていたら、突然

「自分」が無くなりました。

本を支えている「誰か」は「私」ではありませんでした。

それは不思議な不思議な感覚でした。


自分が「見ているもの」そのものだけ、という感覚。


私は「自分」を探そうとしましたが、

見つけたのは何も無い「空間」だけでした。。。

それはなんだか恐ろしい体験でもありました。


孤独な探求がまた始まり、私は調べ抜きました。

そして私の経験した事があちこちに

沢山書かれていることを知って驚きました。


それは禅やアドバイタで言われる「一瞥体験」とか「小悟」

あるいは「見性」と言われるものでした。


でも私は「悟り」なんてちっとも求めてはいませんでした。

「一瞥!?」「覚醒?」「悟り?」

そんなもの私には何の役にもたたないものでした。


それは長年の苦しい修行をした人だけが達するもので

これ以上の苦しみなどゴメンの私には縁のないものでした。


私はそんなもの欲しくありませんでした。

ただ「霊界」にいる夫と会いたいだけでした。


それなのに「それ」はふたたびやってきたのです。

それは散歩をしている時に起きました。


三回忌が終わり、まだ絶望の淵にいた私は

ある日、重い足取りで急な坂を昇っていました。

行きつけの図書館に行くためです。


ずっと泣き暮らしていた私の心は

疲れてがらんどうでした。

まるでからっぽだったのです。


久しく何の欲もありませんでした。

あそこへ行きたいとか、将来こうしたいとか。。。

何も何も私の心にはありませんでした。

物欲も無く、幸せを求める気持ちもとっくにありませんでした。


何の考えも起こりませんでした。

いつもは夫の思い出を反芻しながら

目に涙をためて歩く道でした。

でもその時は過去も未来も心に浮かびませんでした。


楽になりたいと思うエネルギーさえ無く

歩くのがやっとだったのです。


このあたりはうっそうと木が繁った

都会の異次元です。


私は突然私の周りの木々が妙に

自分に迫ってくるのを感じていました。


実際は私が木々に近づいて歩いているのに

向こうが私に向って歩いていたのです。

「あれ〜?」っと一瞬思いました。


帰り道、やはり重い本と重い体を引きずって

一本道を歩いていました。

やがて思考が戻ってきました。


次々と起こる雑念を消そうと

私は自分の足音にひたすら耳をすませていました。


その時不思議な事が起こりました。


いつもは景色の中に自分がいるのに、

それが無くなりただ「歩いていること」があり、

それは他のものと同じ風景でしかありませんでした。


自分と外界との距離が感じられませんでした。

周りを見るとすべてが光って生きていました。


うまく説明できませんが、木々が、花々が

いつもは見過ごしてしまうような汚い植木鉢の中の

枯れかけ植物さえもすべてが「何か」の特別な

エネルギーを吹き込まれたようでした。


というより汚いものほど輝いていました。


建物も道もすべてが違って見えました。

意識?に次々に色んな植物が入ってきました。


みんな喜びにそよいでいました。

「生きている」エネルギーそのものでした。

私はエネルギーそのものを見ていたのです。

もし肉眼でエネルギーが見えるとすればこれがそれでした。


これが「そのまま」という事がわかりました。


そこには悲しみは全くありませんでした。

思考も無く何にもありませんでした。


ただ喜びで「見ていること」だけがありました。

何より「自分」がありませんでした。


すべてがつながっていて一つでした。

空間は満ちていて隙間は無く

愛、慈愛、神、祝福。。。そんな言葉では

言い表せない「何か」で一杯でした。


それが「空」の世界でした。



posted by おとめ at 19:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 覚醒体験

2016年09月02日

「苦しみは今終わる」

*以下の記事はまだ過渡期に書いたものですので
混乱はあるものの真実は書けていると思いますので、
あえてそのまま公開させていただきました。

長文で申し訳ありません。

。。。。。。。。。。。。。。


「猫と石蹴りとリリアンと」終了のお知らせ:

今これを書くのは私の「良心」ですが、他に
何か計り知れないものが私を促しています。

母の没後、田舎で一人静かに暮らす中で大きな変化が
ありました。私はただあらゆる忙しい活動を
ストップしただけでした。

それが理由だったのかはわかりません。
けれどもついに「それ」に到達したようです。

それは素晴らしいものでしたが、考えていたような
神秘的なものでもなんでもなく、まるで故郷へ
帰ったような気分でした。

それはすぐここに、目の前にあるものでした。
全くなんでもないものでした。

それはあまりにも当たり前過ぎて、自分にとらわれて
いる限り見えないのです。

それを「悟り」とか「解脱」あるいは「空」などと
おこがましくよぶつもりはありませんが、
少なくとも私がこれまで書いてきたことに
間違いがなかった、ということにほっとしています。

更に幸いなことに私は尊敬できる師を見つけました。

死別の悲しみ、苦しみにある人にこれだけは言えます。
どうかそのままあなたの悲しみにとどまってください。
踏ん張って下さい。

沢山涙を流して七転八倒して下さい。
それが近道なのです。

これが悲しみを消す何よりの方法だという事は
すでに書きました。

決してそこから逃れようとしたり、気をまぎらわせて
くれるものを探したりしないで下さい。

それはあなたを混乱させ、悲しみを深めるだけです。
何故ならそこにはより良くなりたいという
「自分」があるからです。

カウンセリングもワークショップもそのほかありとあらゆる
「手段」もあなたを癒すことはできません。

あなた自身でさえそれを癒すことはできません。
「自分」は決して自分を癒せません。

悲しみを癒すもの。。。それはあなたが今持っている
その「悲しみ」そのものなのです。

けれども何かにすがりたい、という気持ちは私も
そうでしたからよくわかります。

私も「何か」自分を癒してくれるものを求めて
あちこちさまよいました。

ミディアムシップも受けました。

お世話になった先生方には申し訳ありませんが
私の悲しみを癒したのは別の道でした。

そのため今まで書いた記事の一部を削除させていただき
アップ済の記事も書き直し、今の自分が真実と
確信している部分だけを残しました。

「死別の苦しみからの脱却」というタイトルですが
「脱却」してはいけなかったんです。

この世が現実であるならあの世も現実なのでしょう。
そこまで否定はしません。

けれども本当は両方ともすべてが幻なのです。

一なるものだけがあり、愛する人も自分もそこにいます。
誰も生まれないし、誰も死にません。

あなたと愛する人は今も1cmも離れていません。

すべてがつながっているんです。
このままでいいんです。

自分の苦しみから逃げず、じっと見つめそこに浸る時
あなたもきっと真実を見ることと思います。

あなたが悲しみにじっととどまり、苦しみが極限に達した時、
運が良ければ神が恩寵を下さるでしょう。

あなたにも「それ」が見えた時、どうか私に
連絡をして下さい。



(2/04記)
・・・・・・・・・・・・・・

皆さまから沢山のメールをいただきました。

心からお礼申し上げます。
今地方への引っ越し準備で大わらわ、あたふた、大パニック。。。
何でもいいですが、とにかくそんな状態でして。
落ち着きましたら必ずご返事させていただきますので
申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください。
(9/14記)

。。。。。。。。。。。。。


「私は眠り、私は座り、私は歩く
そして私は幸せだ」
(アシュターヴァクラ・ギーター/トマス・バイロン英訳より)

「日日是好日」
(碧巌録 第六則)

「起きるすべての事に意味がある。抵抗しないように。
ただ身をゆだねて楽しみなさい。」
(真我のことば)


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(写真は主人の故郷にて。猫のニーナ)


一瞥体験(見性)は私に次の真実を教えてくれました:

現実を拒否することで苦しみは生まれるという事。

この苦しみをなんとかしようともがくほど
泥沼にはまるということ。

これはあくまでも私の場合で他の人には全く
あてはまらないかも知れませんが、すべての苦しみは
「自分」が作ったことだったんです。

今ここにあるものを拒否し逃れようとすることは
かえって苦しみを大きくしてしまいます。

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よく私は夫の辛い闘病生活を思い出してはあれほど
苦しい目に遭った夫が可哀想で泣いていました。

けれども良く考えて見ると「今」夫の顔を思い浮かべて
見ればそれは全く苦しんでいません。

苦しんでいる顔が浮かんだのならそれは事実ではなく
私のマインドが作り上げた過去の思い出に過ぎません。

今、この瞬間に愛する人がどこかにいると仮定して
その顔を思い浮かべて見るんです。
これはとても強力な効果があります。

その人の顔は泣いているでしょうか。
いいえ、心の底から楽しそうで、幸せそうです。

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私は悲しみがこみあげてひとしきり泣いたあと
これをやっています。するとなんだかラクになれます。

亡き人の「現在」を真に見つめてみれば、悲しみは
ありません。もしあるとすれば、その人の不在を嘆く
「我」があるだけです。

夫は「今」苦しんでいません。毎朝の辛い吐き気も
腹水もありません。入院していません。
これでもかと抗がん剤を打たれることもありません。
どうして私が悲しまなければならないでしょう。

私達人間にははかりしれない「力」が
夫を病気の苦しみから救ってくれたのです。

夫を「自分はこれからどうなるんだろう?」という
恐ろしい不安から解放してくれたんです。

何故悲しいんでしょう。
それは「自分」が悲しんでいるだけです。
「私が、私が。。。」という「自分」です。
「私がかわいそう」「私が大事」という気持ちです。

つきつめると悲しむのは夫への愛ではないことになります。
愛しているなら夫が楽になったことを喜ぶ筈なんです。

魂を信じるなら、亡くなった人の新しい門出を
喜ぶべきなんです。

悲しいのは私で夫ではないんです。

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そうは言ってもそれは頭ではわかるけど、実際は。。。
と誰もが言うでしょう。それはよくわかります。

私も今でも泣けてしかたありません。悲しみは依然として
そこにあります。

けれども我が出てきて思い出してしまった自分も私は好きです。
思い出しては泣き、悲嘆にくれている自分を愛します。

今、この悲しみの現実が私の人生なのです。
その「今」を味わい、生きなければどうして生まれてきた
甲斐があるでしょうか。

とにかく夫はもうすべてのしがらみから自由の身なのです。
でも夫も私への愛と感謝で一杯なのを私は知っています。

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あの図書館からの帰り道、私には「今」しか
ありませんでした。過去も未来もなく自分もありませんでした。

悲しみからの解放は「今」「この瞬間」にしかありません。
過去や未来についての不安や悲しみはいつも私達を苦しめます。
楽しい思い出さえも。。。

源(神)は私達にさまざまな事を経験させているのです。
苦しい病さえも貴重な体験なのです。

すべて起こる事は源の目線で言うと善も悪もなく
良い事も悪いことも含まれます。

悪魔なんていません。天使なんていません。
ただ一つの存在だけがあります。

愛する人の死でさえもそこにはポジティブな
要素があるのがわかります。
たとえば病の苦しみからの解放や、残された
家族の魂の成長などです。

それはまた死別者でなくても言えることです。
自分と会わない伴侶との結婚、ウマの合わない友人、
辛い仕事、悪天候。。。

すべてすべて起こる事を事実として受け止め
そこに価値判断を下さなければずっと楽になれます。

たとえば霊能力や悟りを得ようと必死に努力するのは
「今」にいないで、未来(と思いこんでいるもの)に
いることを意味します。

未来は常に幻想です。過去もしかり。

ひたすら今の自分や状況に不満だから、
「何かになる」事でそれを変えようとすることは、
せっかくのそのままの状態の素晴らしさから視線を
そらす事にならないでしょうか。

だからヒマラヤの霊能者のように、霊能力を極めても
いつまでも幸せはつかめません。

一瞥体験の時、道端のゴミでさえ芸術作品でした。

すべてはそのままで素晴らしいのだ、と私は思います。
何かになる必要も無く、変わる必要もないのだと。

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苦しみを終わらせるのは「未来」では絶対ありません。

体外離脱をしてもミディアムシップを受けても、
夫のいない「今」という現実を受け入れなかった為に
苦しんでいたんです。

「時間薬」はあるでしょうが、それまで待てますか?

私は待てませんでした。
苦しみを終わらせるのは「今」でした。

今こそが苦しみを終わらせてくれます。

今この瞬間に苦しみなどどこにも無いことに私は気づきました。

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もし苦しみがあるとすればそれは私が作った幻想なのです。
それは過去と未来と「自分が大事」という材料でできています。

ここで誤解しないでいただきたいのは「悲しみ」と
「苦しみ」は違うという事です。

純粋な悲しみはむしろ人を進化させます。

多くの死別体験者が純粋な「悲しみ」では無くよけいな事で
悲しみを「変質」させ、「苦しみ」を倍増させているのを
目にしてきました。

絶望や不安感、他者へのねたみ、金銭問題、対人関係の悪化など、
これらはすべて「恐れ」から来ます。そしてその栄養となるのが
エゴイズムです。

これらすべてが「愛」によって昇華され、「今」を受け入れる時
何かが絶対的に変わります。

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死別したからこそ、他人と仲良くし、人をいたわり
人に親切にすることで死別者自身が癒されていくと思います。

私に言わせるとただそれだけが唯一の癒しなのです。

ただ無理してはいけないし、心からそうしたいと思った時
それがその時だと思います。

それは死別者同士だけが仲良くなることとは違います。
何故なら私達はすべて源とひとつだからです。
それがワンネスとか二つにあらず(非二元)という事だと
思います。

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今ある現実、そのままの自分、そのままの家族や友人を
あるがままに「完璧なもの」として受け入れる時、癒し度は
一気に高まります。

特別な事ではなく、それはまず自分の親や周りの友人など
身近な人への愛や感謝の気持ちから始まるでしょう。

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そして何よりまず自分を癒さなくてはなりません。
そこから変えていくときっと光の出口が見つかると私は
強く信じています。

自分の好きな事を思い切りやって楽しみます。
旅行、友人と会う事、勉強、ペット、美味しいもの。。。
いっぱいあると思います。

ただ何かの行動によって自分が変わろうとしないで下さい。
あなたはそのままでいいんです。

期待と変わろうとする衝動はいつも人間を不幸にします。

「このワークショップへ行けば変われるだろう」
「今の状態から抜け出なくては」
「浄化してエゴをとらなくては」などなど。。。

どこへあなたが行こうと、何をしようと、それはすべて
神の「恩寵」によるものであなたの意志ではないのです。

すべてが見えて来た時それが真実であることがわかります。

そしてまた、究極の手段として私は想念から一切の過去と未来を
たとえ一瞬でも手放し、そこに何があるか見てみました。

そこには自分の悲しみを見つめているある冷静な「意識」だけ
がありました。それは「自分」ではありません。

それはあの坂道で私に命の躍動を見せてくれた
あの「何か」と同じ物です。

それは永遠にあり、生まれることも死ぬこともありません。

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その「意識」は亡くなった人は天の絶妙なタイミングと
慈悲によって肉体を脱いだのだ、という事実を
段々にわからせてくれました。

私と亡き人が人生で過ごした幸せな時間も辛い時間も
すべて「源」からの贈り物でした。
それは一瞬一瞬違う色に光り輝く宝石でした。

一瞬先に何が起こるか正確にわかる人はいません。
それほど人生は驚きに満ちています。
特別な事を何もしなくても。。。

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これはあくまでも私のやり方で人にどうこう言うつもりは
全くありません。

ただ自分の苦しみがどうして減ったのかつくづく考えて見ますと
今この瞬間に与えられたことをとことん「受け入れ」、「集中」
することが一番の近道だったとつくづくわかりました。

目の前の自分に用意されたいつもの現在の仕事を淡々と
心をこめてすることでした。

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それを素晴らしいプレゼントとして楽しみ、日々味わい、
行う事でも苦しみから抜け出せることがわかったのです。

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それは生そのものを思い切り味わう事でもあります。
何故なら私達はすべてを味わうために生まれたからです。
悲しみさえも。。。

生の躍動は至る所にあります。すぐ近くにあるんです。
朝日の輝き、一杯のお茶、猫のひげ、工事の騒音、長雨、
夕方顔を流れる涙、いじわるな同僚など。。。すべてすべて
恩寵による生そのものです。

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あの坂道での一瞥以来、私はすべてのものを見る自分の目が
驚くほど変化していることに気づきました。

そして自分のこれまでとさほど変わらない日常の中で
一瞬一瞬を味わい、喜び、あるいは悲しみながら生きる。。。
それが嬉しくて幸せです。

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そのまま、ありのままを否定することでどれだけ多くの人達が
無駄な苦しみをしているかを私は見てきました。

そしてそれは多くの場合「批判」から始まります。
「これはまずい」「あの人はこうあるべきだ」などなど。。。
それはとりもなおさず現実を、今を否定することです。

自分も含めたすべての人やモノをジャッジせず、ありのままに
見る時、人はこの上なく自由になります。

そこに恐怖はなく、ただ受け入れることしか無くなります。

悲しみに対処するには一つの方法しかありません。
どこへ行っても、今と違う何かをしても消えません。

悲しみを消すには悲しみの中に入るしかないと思います。

もし悲しみが襲ってきたら自分の悲しみをじっくり
見つめます。悲しみが何でできているか良く分析するんです。

そこには必ず「自分」がいます。
すべてが「私は」「私が」で始まります。
それに次々と気づいていきます。

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「自分」と言えば、かつて私はエゴを消そうと必死に
なったことがありました。でもエゴは消えません。

またエゴを攻撃する必要は無いと思います。

というよりエゴを消そうとする努力そのものが
強いエゴを呼んでしまうこともあります。

「私は浄化されてるけどあなたは違う」という
恐ろしい考えになりかねないからです。

自分が「良い人」と思われたい、という願望や
「エゴの無い自分」という幻想を捨てることで
かえってエゴを超越できるのだと思います。

自分のエゴを知る事によって他人のエゴを知り
自分自身や人の「本当の姿」をエゴから切り離して
考えることができるようになりました。

もし悲しみの発作に襲われたらとことんそれに
集中します。泣きたければとことん泣きます。すると
悲しみを味わい尽くしていくうちに悲しみは消えます。

そして気が済んだら現在、この瞬間に戻ります。

それは尻尾を踏まれた猫が「ギャ〜」とわめき、
次の瞬間何事もなかったようにじゃれて遊ぶのと
全く同じです。

そしてすべてを大いなる力にゆだねます。
そこに「自分」はいません。
すべて「起こる事」を楽しむ「意識」だけがあります。

猫は常に今しかありません。
何故なら今はいつもそのままで完璧だと知っているからです。

すべてをあるがままにゆだねてのんびり生きています。

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「今、この瞬間」に苦しみや悲しみはどこにもありません。

それは私がかつて見つけたのに失くしてしまい、またやっと
見つけた事でした。そしてそれは前より更に輝いていました。

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そうは言っても人間は常にこの瞬間にいるわけでもなく、
悲しみの発作が起こることがあります。
意思とは関係なく突然起こります。

そんな時はただじっとその悲しみを見つめます。
するとその悲しみをみつめている「意識」に気づきます。

それが「真我」です。

これからも私は悲しみ、泣くこともあるでしょう。
けれどもそれは「解放された」涙です。

悲しみはあります。当分続くでしょう。あるいは一生かも
知れません。悲しみを消そうとは私は思いません。

けれども「苦しみ」は今終わります。

そこにはえぐられる痛みも、人への恨みも何もありません。

すべての行いが「自分」というものからなされない時
そこには純粋な悲しみだけがのこります。

すべてが一つであの世もこの世も無いのだとわかります。

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それがアドバイタでいえば「源」にゆだねる、という事ですし
禅で言う「柳は緑、花は紅」なのでしょう。
キリスト教で言われる「御心のままに生きる」という事でもあります。


それはあなたも限りなく進化させていくでしょう。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

長い間このブログをお読みいただきありがとうございました。
この記事をもちましてこのブログを終わらせていただきます。

本当は三回忌をめどに終わらせるつもりでしたが。。。
読んで下さる方のおかげでここまで続いて参りました。心から
感謝に耐えません。

調子にのって最後の記事は4まで書いてしまいました。

たくさん載せました写真はお墓を作る時に行った
主人の故郷のものです。「癒しの旅」という記事に
使うつもりでいましたが、ついに記事にはなりませんでした。

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「この世は愛と喜びに満ちている」ということを実感した旅
でした。どうか写真だけでもお楽しみ下さい。

私はただ自分が夫の死別と言う出来事によって経験した事を
書きました。すべて事実です。

江戸川べりで転げまわって遊んでいた少女のまま年を取った
自分が、ペットロスという状態になった時に始めた
お気楽ブログでした。

それが。。。自分の命より大切と思っていた夫というもの
を亡くしてブログもすっかり様変わりしてしまいました。

ブログの後半ではいかに死別後の自分が変化をし、苦しみ、
勉強し、癒しに至ったのかがすべて書かれています。

ブログの前半で知り合った方はさぞとまどわれたことと思います。
けれども尚私は自分の経験をウソ偽りなく書きたかったのです。

個人的なものですので、皆様には何の参考にもならないかも知れません。

ひっそりと書いていきたいと思ったのでブログ村の「死別ブログ」
も途中で抜けました。それでも沢山の方が毎日「ブックマーク」から
来て下さっているのを見て驚愕しました。

コメントを下さった勇気ある方々(笑)本当にありがとうございました。

私はただ「真実」とは何であるかをひたすら知りたいと思いました。

でも今ついに見つけたと思っています。でもまだ「確信」ではありません。
これからも恐らく私は変化していくと思います。

私の記事を楽しみにして下さった方々には大変申し訳ありませんが、
これ以上書いても繰り返しになるだけですのでここで一区切り
しようと思いました。

記事はそのままにしておきますが、もう更新はしないつもりです。
いずれ新しい境地に達した時にブログは削除させていただくかも
しれませんが、今はこのままそっとしておきます。

ただ、精神世界の勉強はこれからも続けていくつもりでおります。
そしてエネルギーがあれば新しいブログを作るかも知れません。
今はまだ未定ですが。。。

その時もきっとひっそりと書いていくと思います。ご縁がありましたら
またお目にかかるのを楽しみにしております。それでは。。。
さようなら。。。
そしてどうか、お元気でいてください。。。。。

今まで私を励まし、共に悲しみ歩んで下さった読者の皆さま、
素晴らしい友人達と家族に心から感謝を捧げます。

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おとめより

後記:この記事を書いてからだいぶたった後、8月に母親も天に
   召されました。
   そして紆余曲折の末、私は東京から地方へ引っ越すことに
   なりました。すべて、すべて導きによるものでした。
   皆さまありがとうございました。










posted by おとめ at 12:48 | Comment(17) | TrackBack(0) | 覚醒体験

2015年11月23日

あなたがネガティブな感情を本当に経験すると
それは消えてしまいます。(ガンガジ)
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6人兄弟の長男でした。

いつも陽気で、弱いものや女性に優しく

ユーモアにあふれた夫でしたが。。。


意外にもガンが発症する数年前まで

夫は長い間仕事の疲れから「うつ病」

に苦しんでいました。


外国人でありながら一流企業の職を得て

その後独立して事務所をかまえ

順風満帆の人生を歩んでいた途中に

ふと足元をすくわれたのでした。


ずっと精神科の薬を飲んでいて

あらゆるカウンセリングを受けました。


働き者だった夫が一日の大半をべッドで

過ごすようになり、ほとんど誰にも

会いたがらなくなりました。


日本では「我慢」や「忍耐」あるいは

「外面(そとづら)」の良いことが

尊ばれます。中身より包装紙なのです。

そのためかうつ病の人は後を絶ちません。


「ホンネ」と「建前」は夫がいつまでも

受け入れられないことだったようです。


ほとんどすべての人が人目を気にします。

人と違っていることを恐れます。

何にでも一定の「形」があって

そこに自分をはめるよう努力し

人より遅れをとるまいとしています。

そのためイジメも多いです。

人に気軽に愚痴をいう事もできません。


「根性」だとか「頑張る」などの言葉が

常に飛び交っています。


こうした事はすべて精神的な疾患を

起こしやすい日本という国が持つ

特有の欠点です。


しかし夫が精神的な病気になったのは

日本の空気が合わなかったという事では

全くありません。夫は日本が好きでした。

でなければ半世紀近くもここにはいません。


またもちろん、この国には欠点を上回る長所も

一杯あるからです。それに夫は人間は

どこへ行っても同じだ、と言っていました。


夫はまじめで穏やかな性格でしたが、時々

激情にも似た絶望感に襲われていました。

それは成長過程で親から受けた影響

によるものも大きかったと思います。


親は常に長男の夫に「我慢」を強いました。

いつも妹や弟の世話をして、8歳の時から

親の仕事を手伝っていました。

当然他の子どもたちのようにのびのびと

遊ぶことを知りませんでした。

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末の妹たちと。。。


私は夫を治すべく、あらゆる心理学

の本をよみあさりました。

それで利益を得たのは私だけでした。


精神科の先生は機械的に無表情で

夫の話を「聴いて」くれました。

病院からの帰り道、ある日夫は

その主治医がウオークマンをつけて

音楽に没頭しているのを目撃しました。


毎日毎日人のグチをひたすら聴き

ストレスで一杯のもう一人の男性が

そこにいたのです。


夫は自分を治してくれる人はいない、

と絶望的になりました。

自殺願望が芽生え「死にたい」と

私に訴えるようになりました。


あの時点で夫が先立ってしまっても

私は決して驚かなかったでしょう。

それほど夫は苦しんでいました。

けれどもそれ以上の苦しみを私や

他の家族に与えることはしませんでした。


つまり夫は自殺という事が究極の

自分本位の行為であり、残されたものを

どれほど果てしない絶望に陥れることか、

エゴの最高の勝利かという事はぎりぎりの

どこかではっきりわかっていたと思います。


私も絶望的になっていきました。

必死に有能なカウンセラーを探しました。

あるアメリカ人カウンセラーに会った時

ある程度までは良くなりました。


しかし彼を本当に助けてくれたのは

医者でもカウンセラーのような専門家

でもありませんでした。ある「師」でした。


本当の師は目立たないものです。

本当の幸せと同じように本当の師は

あなたのそばにいつもいます。


真の師は自分を人にアピールしません。

自分は師である、なんて言いません。

勿体つけて教えを垂れることもありません。

神様に一番近い人が師です。


夫を立ち直らせたのは一体誰

だったと思いますか?


それはごくごく普通の人々だったのです。

夫は長年病院へ通っている間に

さまざまな患者達を目にしました。


ストレッチャーに乗せられた意識不明

の弱弱しい老人、車椅子に乗っても

ニコニコとほほ笑んでいる子供、盲人、

喋ることもできない人、やせ細って

すべてをあきらめた末期の患者。。。


そんな人々が夫の師であり、名医

になってくれたのです。


夫の中の善なる声が夫に教えました。

食べられる、見える、歩ける。。。


それが人間としてどれほど幸せなことかを。

自分がどんなにエゴに生きていたかを。

どんなに自分の事だけを考えていたかを。


そんな自分が、あのダウン症の子供のような

心からの笑顔さえ持っていない。


それが夫にわかった時、偶然にも

主治医が代わりました。

今度は若い、新しい教育を受けた先生で

非常に「傾聴」のできる方でした。


人の痛みを自分の痛みに感じられる人でした。

この幸運によって夫はあっという間に

ぐんぐん良くなっていきました。


強い薬はもう飲まなくなり、ただの

お守りになりました。


私達夫婦の暮らしに笑いが戻ってきました。

それが束の間であったとは言え、二人で

この困難を乗り越えた喜びを味わい

本当の幸せを実感できたのでした。


けれどもそれからほどなくして、運命は

夫に最後の卒業試験を与えました。


ついにガンが発症した後も夫はもはや

うつ状態に陥ることはありませんでした。

淡々と自分の運命を受け入れていました。


どんなに辛い状態でもあるがままでした。

いつもジョークを言っていました。

沢山の疲れた看護師さんを笑いで癒しました。


臨終の瞬間まで次の治療に期待しながら

息を引き取りました。


夫は人生最高の苦しみを途中で放り投げる

ことなく受け入れ、その中で必死に生き抜いて

力尽き、あちら側に渡っても私の事を心配し

自分がまだ存在しているというたくさんの

サインをくれました。


人の意識のエネルギーが永遠であることを

今でもずっと教えてくれています。


ただいること、毎瞬ここにあること

そして与えられたやるべき事をすること

それだけで価値があるのが人生です。


その他のどんなに大きく見える問題も

さまざまな苦しみも悲しみもすべて

あなたがただただこの世に存在すること、

それに代えられるものはありません。


問題が大きくても、耐えがたい苦しみ

があっても、ただ身をまかせれば

ずっと楽になります。受け入れず

逃れようとするから、その状態を

「最悪」とジャッジしてしまうから

苦しくてたまらなくなります。


ある苦しい経験をしている時にそれを

「不幸」とネーミングすればその苦しみは

実際の大きさよりも大きくなります。


「不幸」という名前を付ける前に

その経験を徹底的に経験すると

その苦しみは消えていきます。

驚くことにあなたはその苦しみの中でも

生を楽しむことさえできるのです。


実際、最後の数か月は必死だったものの

がんの5年間の闘病生活で私たちは

いつも何かのジョークで笑っていました。


今この瞬間に入ってきたものを

あるがままに経験すること

起きることはすべて起こるべくして起こること。


それを教えてくれた夫が私にとっては

この人生で最高の師なのかも知れません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日もお読みいただきありがとうございます。
m(__)m

追記:P様コメントありがとうございます。
のちほどメールさせていただきますね♪







posted by おとめ at 16:34 | Comment(15) | TrackBack(0) | 苦しみについて

2015年06月18日

心のグリーンモンスター

Photo0421.jpg

ペルーでもらった幸運の石。少女の頃遊んだおはじきみたい。



私はどうしても夫に会いたくて


あの世の存在について考えるようになった。


夫を亡くしてから経験した一連の不思議体験で


幼い頃の思い出がまざまざと蘇ってきた。



今思うと私はけっこうオカルティックな子供だった。



一才に満たない頃ひどい肺炎になった。


肺に水が溜まり、その晩が山という状態だった。


父親はあきらめず夜っぴて注射を打ってくれた。


生死の境を、幼い魂はさまよい


今で言う臨死体験もしたかも知れないが


あまりに小さかったのでもちろん覚えてはいない。



そして。。。天の助けがあって今こうして生きている。



3才の時ハシカにかかりまたまた重篤な状態になった。


蚊帳の中で息苦しかったのを覚えている。


その頃から妙に大人の心の中がわかるようになり


見舞いにきてくれた親戚のおばさんのこわ〜〜い心が


透けて見えてしまって、息苦しかったのは


そのせいもあったかも知れない。



夜中だと思うが母親とトイレに行った。


その時のことは一生忘れないだろう。


熱に浮かされ、古い家の長い周り廊下を


母親に抱きかかえられるようにフラフラ歩いていた。



その時見たものは!


大きな大きな緑のおばけだった。


けれどもフシギと怖くはなかった。



それから何十年もたって夫と映画を見ていたら


突然そのおばけに再会した。


それは映画ゴーストバスターズに出てくる


あのグリーンモンスターだった(笑)



とっくに忘れかけていたおばけに会って


なんだか懐かしささえ感じた。


私は今でもあの緑のおばけは実在すると信じている。



小学校一年の時、祖父が亡くなった。


遺体をさすりながら母や伯母や祖母が泣いていた。


始めて経験する人の死だった。



私は祖父の事をぼんやりと覚えていたので


いつも祖父に心の中で話しかけるようになった。


それ以来祖父は私の中に住み続けた。


しかしある時点で祖父との交信は絶たれた。



おじいちゃんは。。。生まれ変わったのだろうか。。。



小学校の時作文を書かされた。


テーマは将来どんな事をしたいか?だった。


私はいつも友達にしていた小人さんの事を書いた。


小人さんにベッドや家を作ってあげたいと。


小人さんは私が毎日遊ぶ江戸川べりの草むらにいた。



高いところが大好きで、塀の上や


店の看板が載っている屋根に昇るのも最高だった。


父親は大人の背丈よりずっと高い所に


ツリーハウスのような鳩小屋を作っていた。


そこから飛び降りるのは至福の時だった。



母親は店番で忙しくて無関心だったから大丈夫だった。


さもなければ大騒ぎして止めただろう。



時々ぼんやりしたり、眠る直前などに


ある光景が浮かんできた。いつも同じ光景だった。


狭〜い、やっと体が入るくらいのトンネルで


私が這いつくばって進んでいるのだ。


その場所はたとえていうなら


押入れの布団の中にもぐりこんだような感じ。。。


繰り返し繰り返し思い出す光景だった。



20才の時窓から外を見ていたら


大きな丸い輝く物体を見た。


月の何倍もの大きさでギラギラと光っていた。


急いで階下の家族に知らせたが


誰も本気にしてくれずTVに夢中だった。


私がしつこく言うとバカにされた。



だからずっと誰にも話すのをやめていた。



その頃から心の中で、ある考えのような


誰かから教わっているようなメッセージを感じた。



「神はいる。宗教は関係ない。


宗教のせいで争いがおきる。


川の鮭が産む卵は宇宙の果ての星雲と同じだ」


というものだった。1970年代初め頃のことだ。



社会人になってそういった一連のことは


全く忘れていた。


夫と結婚してまもなく父親が亡くなり


その時久しぶりにフシギ体験をした。



けれども夫と一緒になってから忙しくて


そんな飯のタネにならないような


フシギな出来事などはあまり話さなかったが、


ある時夫が私に打ち明けた。



幼い頃「UFOを見たことがある」と。


ペルーの広大な原っぱで友達と遊んでいて


木陰からふと覗くと銀色に光る巨大なものが


原っぱの真ん中にあったそうだ。



ものすごく怖くて思い出したくないのか


夫はそれ以上は話してくれなかった。



夫の姿が見えなくなった今でも


私はいつも夫に話しかけている。


昔おじいちゃんに話しかけたように。


おじいちゃんはいつも私を助けてくれた。



夫も助けてくれているのを感じる。


スピリチュアルの勉強をするようになって


私よりずっと変わった経験をした人が


沢山いる、という事を知った。


私のしたフシギ体験なんてめずらしくも


何とも無いという事がわかった。


時代が確実に動いていた。



ある日ある勉強会に向かっている道で


突然ブックオフに入りたくなった。



時間はあまり無かったのに何故本屋へ?


自分でもわからなかった。


精神世界のコーナーで一冊の本を手に取った。



よしもとばななとゲリー・ボーネルの対談集?


よしもとばななは好きな作家なので


何気なくページを開いた。すると!



いきなりある文章が目に飛び込んできた。


私が去年の暮れから今年にかけて滞在した


夫の故郷であるペルーのアレキパという町に


UFOが出没する湖がある。。。と書かれていたのだ。



これは夫が見たものの裏づけでもあるし


夫からのメッセージのようにも感じた。



それ以来UFOや宇宙のことをたびたび考える。


夫は何が言いたいのだろうか。。。


あのグリーンモンスターなら答えてくれるだろうか。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


夫の亡くなるビフォーとアフターでブログ内容が大幅に

変化しております。今までお読みいただいていた方には

とまどいとご心配をおかけするかも知れません。


けれども自分が人からどう思われるかよりも

これからも自分の心に正直に書いて行きたい

と、やっと思えるようになりました。


これも癒しの兆しならば嬉しいです。(⌒-⌒)





posted by おとめ at 19:23 | Comment(8) | TrackBack(0) | 神秘体験

2015年06月09日

青空の舞

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シンコ・デ・マヨに行ってきた。


一周忌を終え、ゴールデンウイークを境に


このところやっと立ち直りの兆しが。。。


見えて来たかな〜。。。。と実感しています。


あくまでも「兆し」で、まだ毎日涙は出ますが。



そろそろ5月になるのか〜というある日


朝さえずる小鳥の声が変わったことに気づいた。


温かくなって違う種類がやってきたのだろう。


小鳥の声などずっと耳に入らなかったのに


これはすごい進歩だった。



それでも悲しみはなかなか癒えず


相変わらず家でぐずぐず、メソメソしていたら


シンコ・デ・マヨ(Cinco de Mayo)に行こうよ!


と元気印のPちゃんからのお誘い。



こんな時は引きこもりのミンボー人としては


「せっかくだけど。。。」と断るところですが、


大好きなPちゃんのお誘いだし


折りしもペルーへ旅立とうとしていた友人C子も誘って


3人で思い切って繰り出した。



シンコ・デ・マヨ(Cinco de Mayo)とは


スペイン語で5月5日のこと。あちらでも祭日だ。


要するにラテン文化のお祭り日かな〜?



去年も誘われたけど、代々木公園ではデング熱の騒ぎで


「おいしいペルー」のイベントへ行けなかったので


内心ほっとしていたのだが


(まだまだそんな状態ではなかった)


けれども今年は、それじゃ行ってみるかと。


なんとなくその気になれた。


またまたすごい進歩!



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屋台がずらりと並び久しぶりの人ごみに圧倒された。



メキシコ、ペルー、ブラジルなどラテン料理がいっぱい。


歩きながらお肉を頬張る人やアイスクリームをなめる人。


みんな元気だな〜と思いながらそぞろ歩き。



このイベントでの目玉の一つが民族舞踊のショーだった。


なかでも私の大好きなマリネーラが見たかった。


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ペルーのコンテストで一位をとったカップルも出場。


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ステージが終ってもペルーのブースの前では


マリネーラをふんだんに踊って魅せてくれた。


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子供のダンスも可愛い。


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みんなクラスで一生懸命練習したのだろう。



主人も大好きだったマリネーラ。


とても美しい踊りだ。


ハンカチをもってよく踊ってみせてくれた。



日本で習う人はまだまだ少ないが


男性はぴったりのスーツに帽子をかぶり


女性はコロニアル風の長いスカートで裸足


髪に花をつけ、実にかっこいい、美しい!



これからダンスを何か習いたい、という人には


超おすすめの穴場だ。


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じっと見ていたら青空の下 踊り子達から


とてつもない「愛」のエネルギーを感じて


涙が出てきた。



「舞」にはフシギな力があると思う。



人が舞うとき、そこに神様が降りる気がするのは


私だけだろうか。。。



一生懸命のマリネーラを見ながら


私は神様と、そして主人とつながっていた。



こんな美しい踊りを見せてくれる踊り子たちに


自然に愛を感じたから、踊り子たちも


私に愛を送ってくれたのだ。



人に愛を送れば愛を返される。。。


それに反して


人に妬み、うらみ、憎しみなどを送れば


それは強烈なエレメンタル(想念)となって


宇宙空間をかけめぐり、やがては自分に帰ってくる。



つまり人を妬めば妬まれる、憎めば憎まれる


愛すれば愛される。


とは尊敬するダスカロスの教え。



ここで言う「愛」とはあくまでも無私の愛で


普通の男女間や家族間の愛とは別のものだ。



そんなわけで。。。


いつのまにか癒されていた日だった。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m







posted by おとめ at 12:26 | Comment(6) | TrackBack(0) | 愛する人達と

2015年05月24日

ゴールデンウィークの涙


散った八重桜


地方に嫁いでいる妹が送ってくれた。



この散った花びらの数と


今まで私が毎日流した涙の数と


どっちが多いかな〜なんて考えた。



最近グリーフケアの会に入会して


同じように伴侶を失った人たちと交流している。



みんな口々に「ゴールデンウイークが辛い」


「どうやって乗り切ろうか」と言っていた。



電車の中でカップル、特に長生きの老夫婦を見ると


すごくむかつく、という人さえいた。



その気持ちはよ〜くわかる。



私も夫と共に水入らずでこんな桜を見られる妹が


羨ましくないといったらウソになる。


でも。。。嫉妬するのは間違いだ、


と私の理性が言う。



私だって夫と水入らずで桜を何度も見た。


何度も、何度も。


その時は命が、時が永遠に思えた。


まさか別れがこんなに早く来るとは思わなかった。



夫がガンになってさえ、相当あぶなくなってからも


夫は死なず、必ず治ると信じていた。


どこまでもノーテンキな私だった。



だから妹にはわかってほしい。


この美しい瞬間が この水入らずの時が


いつか八重桜のようにはかなく散るということを。



愛がある限り二人で過ごすその一瞬一瞬が


どれほどかけがえの無いものか


私より早く気づいてくれるといいな〜


と思った。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m


今更ゴールデンウイークの出来事なんて間が抜けてますが。。。


文章をちゃんとまとめる気力がまだ十分無いため


アップするのが大幅に遅れています。申し訳ありません。




posted by おとめ at 21:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | 悲しみについて

2015年04月30日

一周忌の小さな奇跡

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聖イグナチオ教会



夫が亡くなって今月の15日で一周忌だった。


夫が在籍していたJ大学構内の教会で


身内だけで平日のミサに行った。



かつて二人でよく歩いた四谷の桜並木は


とっくに花が散っていてほっとした。



ミサは他の方々と一緒の合同ミサで


いつも行われていて特別なものではなかった。


それで少々後悔していた。


どうしてちゃんと神父様を頼まなかったのかと。



できなかったのだ。。。


一周忌が近づくにつれて、一年前がありありと蘇り


死に際の夫の事ばかり思い出された。



グリーフケアの集会や


スピリチュアルの勉強会などにも


かろうじて出席していたが


夜、一人になるとひたすら涙を流した。


何かを頼んだり、計画したりできる状態ではなかった。



一日のうちに気分がコロコロ変わり


安定しているな、と思うといきなり泣き崩れたりした。



いわゆる命日症候群だろうな、とは自覚があったけれど。


いざとなって実感してみると本当に辛い。



ミディアムさんには夫が元気でいること


夫と私しか知らない証拠の数々を見せていただき


いつもそばにいる事は伝えられていたが。。。



たとえどこかに魂があっても、夫の体がもうそばにない、


というのはなかなかすぐには受け入れる事はできない。


最愛の人を亡くした人ならわかってくれると思う。



遺骨をもって地球の反対側へ行って納骨をし、


いったんは癒されたかに思っていたのだが、


まだまだ道のりは長いな〜、と絶望的になった。



けれどもこんな時にこそ天国はプレゼントをくれるのだ。



ミサが始まってすぐに神父様がおっしゃった。


「今日は本日命日を迎えられる方の為のミサです」と。



え〜〜〜?ほんとに〜?知らなかった〜♪


そんなこと期待してなかった私は狂気した。


ずっと神父様をきちんと頼まなかった事で


自責の念にかられていたから、まさに奇跡のような気がした。


これで夫の魂にもきちんとお祈りしてもらえる。



よかった、よかった。


私は涙を抑えることができなかった。


ミサには以前から信徒である人たちが多かったので


神父様につづいて流暢にお祈りをとなえていた。



まるで皆が夫の為に祈ってくれてるような気がした。


私も自分なりに一生懸命祈った。



教会の広大な天井を見上げると


ステンドグラスがとても綺麗だ。



オラトリオの合唱団に入っていた頃歌った


モーツアルトのレクイエムが心の中で響いた。



祈りは光となって死者を包み込むという。



自分の為に祈るのではなく


他者の為に祈る事が自分の浄化にもつながるそうだ。



かつて何も知らなかった頃


神社に初参りなどしては無病息災だけでなく


「今年こそジャンボが当たりますように」などと


不謹慎なことを祈っていた自分が今は信じられない。



私はカトリック教徒でもなんでもないが


毎朝夫の写真の前での祈りは欠かさない。



仏壇などが無いので当初は困ったが


あちらで義妹が小ぶりの綺麗なマリア像をくれた。


十字架はあちらで買った。


(14Kの安いものだ)

CIMG3955.JPG

このネックレスを外出の時は身につけるが


普段は手にもってお祈りをする。


いわゆる「ロザリオの祈り」のような


本格的な祈りには及ぶべくも無くお恥ずかしいが


精神誠意、集中して祈る。



まず天の偉大な存在に呼びかけ感謝の祈りを捧げる。


そして私の祈りが夫に届きますように、と祈る。


それから夫の魂の為に祈り、沢山の愛を送る。


ついで夫に生きていた時のように話しかけて


日々の出来事を報告したりする。


そして最後にまたあちらの世界へ行った肉親の人達や


その時々によって今悩んでいる友達や


不幸に会った人々の為にも祈り


沢山の愛を送って終わる。



祈りの言葉は本当に自己流だ。


でもそれで絶対夫には通じていると思うし


神様も許して下さると信じている。



でもまだまだ勉強中だから、これから


祈りのやり方などは変わっていくかも知れない。



時には辛くて涙を流しながら祈る事もあるが


祈ったあとはすっきりとして


そのお陰で朝ごはんもなんとか食べられる。



自分のために祈っていなくても


結局は自分の為になることなんだね〜。


私には瞑想がわりのようにもなっている。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日もお読みいただきありがとうございます。m(__)m




posted by おとめ at 12:26 | Comment(4) | TrackBack(0) | あの世があると思いたい